「くま」」は柴犬の男の子。生後2ヶ月でウチに来てからというものは、家中を走り回ったり、私たちにぴょんぴょん飛びついたり、椅子の脚にキツーイ甘噛みをしたり、反対に久山にいじられたりもして、夜中まで毎日毎日ハアハア言いながら必死に遊んでいました。
カテゴリー: MEMORIES
久山との旅 1周忌の日 – 原田宗典
11月7日、僕は八ヶ岳にいた。
今日が久山の命日だということは、だいぶ前から意識していた。そのせいか7日は朝、明るくなるまで眠れずに、ベッドの中でずっと起きていた。その間に色々なことを思い出していた。久山は確か朝亡くなったと聞いていたので、その時間が来るまで眠れなかったのかもしれない。「夢に久山が出てくるかもしれないな」と思って2、3時間眠ったが、全然関係のない夢を見た。
久山城正の一周忌 -Hitobon
命日の11月7日から3日間、久山が愛し最期まで過ごした自宅で1周忌を行いました。
何かあるごとに「みんなに会いたい~」と言っていた久山ですので、たくさんの方々にお越しいただき喜んでいたに違いありません。
久山との旅 長野パラリンピック-3 -原田宗典
開会式の翌日から、僕と久山は精力的に競技会場を取材して回った。移動は、基本的にはプレス用のバスだった。初めはプレスパスが1枚しかないので、ドキドキだったが、運転手さんがいちいちそれを見もしないことがわかると「なーんだ」と安心して、気楽に乗り込むようになった。
「花」シリーズとの出会い - t.m.

僕が最初に久山さんに会ったのは、2013年の4月。
「自分の作品をきちんと世に残したい」というようなことで、友人知人のツテを巡り巡って僕がそのお手伝いをするかもというのがきっかけでした。
久山との旅 長野パラリンピック-2 原田宗典
長野は、僕にとって懐かしい土地だ。父方も母方も信州の出で幼いころから長野へは何度も行った。
善光寺へも数え切れないほど参拝していた筈なのだが、パラリンピックの時久山と2人で参拝した善光寺は、なぜか今までとは違った趣に見えた。半分久山の目でこの寺を眺めていたからかもしれない。長い上り坂の参道沿いには、オリンピック・パラリンピックの旗がずらりと掲げられていて、道行く人達の中にも競技者らしき車椅子の人達が多く認められた。それでも人通りは思ったほど多くはなくて少しさびしい気がした。
5年前の結婚式のこと - 亀川勝司・玖二子
2009年 11月22日
久山さんに結婚披露宴の写真を撮っていただきました。
司会は仁子さんです。
48歳同士の超大人の結婚式、どうしようかといろいろ考えて、そうだ、招待客の皆さんに、着物を着てきていただこう!と思いつきました。
久山との旅 長野パラリンピック-1 – 原田宗典
やあ、久山、久しぶり。(今気づいたんだけど、久山という名前は久しぶりの山と書くんだな)久しぶりなんだけど、全然そんな気がしないよ。先週会ったばかりのような気がしている。おまえ、まだこの辺にいるだろう。いるんだったら、思い出すのにちょっと力を貸してくれ。
久山が自分で演出した「遺影」 - Hitobon
先日、南谷さんが「遺影」のことを書いてくださったので今回はそのことをお話したいと思います。
久山へ - 南谷哲朗
あんたがあっちの世界に旅立ってから、もうすぐ1年が経つんだね。時が経つのは早いんだなあ。まだ、久山が自分で演出した「遺影」(撮影は大山くんで、それを加工したのが久山らしい)が目に焼き付いています。あれは、しばらくは忘れそうもありません。
