あの日を決して忘れない -Team Shiromasa

東日本大震災から7年。
犠牲になられた多くの方々の魂が、天国で穏やかでありますようお祈りいたします。
-Team Shiromasa

久山城正
目のあたりにすることの大切さ-「東日本大震災の風景」

>311 東日本大震災 – 津波 写真家・久山城正が遺した風景
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秋晴れの11月7日 Hitobon

今年もあの時と同じ秋晴れでした。
11月7日は特別な日。

4年経ち、彼が遺してくれた人との繫がりは輝きを増して膨らんでいます。

今年も沢山の方からメールやお電話をいただき、毎年恒例の顔ぶれが自宅に集まりました。

久山の誕生月6月に生まれた2歳のH君。なんだかやんちゃぶりが久山に似ています。ちっともじっとしていないのに祭壇の前でちゃんと手を合わせてご挨拶してくれました。

そして今回は、ちっちゃな新入りが登場!今年、やっぱり6月に生まれた久山の2人目の孫、大きな目をしたRちゃんです。一所懸命祭壇の久山にずっと話しかけていました。おしゃべり上手になりそうな男の子です。

愛犬のくまは、もうすぐ7才。全体的に白っぽくなってきましたが体格はがっちりしていてやんちゃぶりは久山そのもの。人間と犬が似るのもなんだか変な話ですが、似てるんです。

今年も、見えないだけで傍にいる久山を囲んでワイワイと大勢で楽しい命日を過しました。

綺麗なお花や美味しい差し入れにお菓子やフルーツ、そして心温まるメッセージ・・・。
そして、今、これを読んで下さっている方々。
遺してくれた繫がりとみなさんに感謝です。

Hitobon

 

 

久山との旅 / 「アロハにアイロン」 原田宗典

晴れた日。風が心地好い。半袖の季節だ。

洋服箪笥を開けると、右から2番目に、久山のアロハシャツが架けてある。昨年の秋に洗濯してハンガーに架け、そのまましまっておいたものだ。今年もまた、これを着られる季節がきた。
「どこへ行くの?」
背後からおふくろが声をかけてくる。
「久山のところだよ」
「あら、そう」
「ほら、これ、久山のアロハ、いいでしょう?」
「まあ、しわくちゃじゃないの」
「いいんだよ、アロハはしわくちゃの方がいいんだ」
「だめ!!アイロンかけるから脱ぎなさい」
「ええ?いいよ別に」
「絶対だめ!!アイロンかけなきゃ」
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久山に孫が生まれました! Hitobon

6月2日の午後。
「産まれました!!!!!!」
ぱっちりと大きい目をしたかわいい赤ちゃんの写真がLINEで届きました。

久山の長女、愛里ちゃんが出産したのです。
なので、久山の孫です!(去年の5月5日に長男に男の子が生まれたので2人目)

恵比寿駅のホームでその写真を見ているうちに胸が一杯になり、人目もはばからずにぶわ~っと泣いてしまいました。赤ちゃんと私は血のつながりはないのですが、そんなことはどうでもよくて、とにかく嬉しいのと感動が入り混じって幸せなオーラが体中を巡りました。

カメラ目線でこっちを向いています。・・・チョーかわいい!ん~誰に似ているのかなあ。なんとなく久山に似てるなあ。これからどんな人生を歩むのかなあ。
ん?もしかして性格もおじいちゃんに似るのかなあ。それは嬉しいけど微妙に心配だなあ。なんて・・・

今日、6月7日は久山の誕生日。
たくさんの幸せに包まれてあなたの命は引き継がれています。

おめでとう、そして、ありがとう!

Hitobon
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散骨したHawaiiの海へ再び Hitobon

ビーチにつながる庭には花々が咲き乱れ芝生を犬が走りまわる。真っ青な空からはジリジリ日差しが降り注ぎ、海から心地良い風が吹いている。

そんな海沿いの家で、お気に入りのアロハに短パンでカメラとレンズをセッティングしはじめる久山。
いつか絶対ハワイに住もう!と何度もイメージしてはそんな風景を夢見ていました。

久山は、ハワイが大好きでした。
携帯のメールアドレスには“aloha”が入っていましたし、ニックネームも“アロハ”
夏はアロハシャツに短パンとビーサンがおきまりでした。ジェイク・シマブクロさんとの2ショットは壁にピンナップしてありました。もちろんビーチの写真も。ウクレレはこだわりのモノと練習用を2つ持っていました。スケッチブックには「あーハワイに行きたいっ!」と大きい文字。まるで小学生の絵日記みたいにヤシの木とビーチが描いてありました。

先週、久しぶりにハワイに行ってきました。散骨以来ですから、1年5ヶ月ぶりです。
いつも祭壇に声を掛けているし、くまと神田川を散歩している時も一緒にいる感覚。なのに、これからハワイに行くと思った瞬間から『ハワイの久山に会いに行く』気分になったのですから不思議です。 続きを読む

久山との旅「久山の帽子、父の帽子」 原田宗典

やあ、久山、久しぶり。ここに書くのは二ヶ月ぶりくらいかな。でもその間、毎日のようにおまえのことを思い出しているよ。それはやっぱり形見わけで貰ったおまえの鞄と帽子のせいだな。吉田鞄の鞄を肩にかけて、星と熊の描かれた帽子をかぶるたびに、ぼくは心の中で呟く。
「よっしゃ、久山、行こうぜ」
そうやって勢いをつけて町へ出かけるんだ。鞄はともかく、この帽子、久山には似合ってたけど、多分ぼくが被ると、ちょっと浮いて見えるらしい。初めて見る人は、
「なあに、その帽子?」
と尋ねてくる。するとぼくはちょっと嬉しくなって
「いや、実はこれはね・・・」
と帽子の由来を語るのだ。そういう時、すぐそばに久山、おまえがいるような気がして、何とも言えず嬉しいんだよ。分かるだろ?
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久山との旅 / 「今年の初夢」  原田宗典

 2017年 年が明けて1月1日の夜、何だかとんでもない夢を見た。どうしてこんな夢を見たのか、覚めてから考えてみたら色々と思いあたるふしがあった。
 ひとつは、眠る前、寝床の中で長谷川伸の「瞼の母」を読んでいたことである。これは年末に大谷さんから借りた本で、次のお芝居を書く上でどうしても読んでおきたいものであった。もうひとつは、これを読みながら、ぼくの脳裏には久山との旅が甦っていたことである。

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エンボス / 原研哉

エンボスという紙の加工法がある。日本語では「空押し」とも言い、彫刻板を強くプレスすることで、文字や図像を精緻な起伏として紙の上に立ち上げる。印刷とは一味違った優雅な風情を生み出す効果があり、賞状や保証書など、一枚の白い紙に価値や思いを盛り込む手法として用いられることが多い。

岡山の高校で同窓だった写真家の久山城正は、高校を卒業して二十年以上が経過したある時、不意に上京して東京で仕事を始めた。同じく高校時代からの悪友、原田宗典と久山が親しかったこともあり、すぐに頻繁に会うようになり、久山の撮影した写真で、原田の小説の装丁をしたこともあった。原田の本を例外として、友人関係で仕事をする習慣を僕は好まないので、四つに組んで仕事をした記憶はない。しかし久山は男気を感じる写真を撮る人であった。勇壮とか猛々しいとかいう意味ではなく、自分の惚れ込んだ対象をけれん味なく愛そうとする、不器用な写真であったが、その率直さ、清々しさに、心の中をぽっと照らされるような作風である。どんな時も笑いを絶やさない男でもあった。撮影中の事故で骨折して入院している久山を見舞ったことがあったが、満面の笑顔で実に楽しそうに入院していた。
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【繋心】バックスキンとオレンジのライカ  イッコウ

ひーちゃんに手伝ってもらってミラノで展覧会したときのこと。帰りの飛行機が成田に近づいたら「空港にボーイフレンドが迎えに来てるの」って、ひーちゃん嬉しそうに言ってた。ミラノでもすごいカメラ持って写真パチパチ撮りまくってた。

そう言えばあの時、空港で初めて久山くんと会ったんだ。ひとこ姫を迎えに来た王子さまみたいだったよ。
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