7月6日に投稿した「久山が遺したメモNo.1」は沢山の方に読んでいただきました。皆さんありがとうございました。
久山はメモだけでなく、びっしり100ページ以上に及ぶ日記を認めておりました。久山のその時の気持ちをそのままお伝えしたいと思いましたので、撮影会のことを書いてある部分を抜粋してご紹介いたします。


Photographer
7月6日に投稿した「久山が遺したメモNo.1」は沢山の方に読んでいただきました。皆さんありがとうございました。
久山はメモだけでなく、びっしり100ページ以上に及ぶ日記を認めておりました。久山のその時の気持ちをそのままお伝えしたいと思いましたので、撮影会のことを書いてある部分を抜粋してご紹介いたします。

久山は闘病中に沢山のメモを残しました。カメラの赤いスタンプが押してあるものは大事なんだー、と言っていました。このスタンプのあるメモを1つずつご紹介していきながらそれに伴うstoryを掲載していきます。
久山が人生の最後に選んだ大仕事。
それは、親しい友人に集まってもらって撮影会を催すこと。 周囲を驚かせたその企画は、友人達の強力なバックアップにより「久山城正一世一代の大撮影会」と名付けられ、2012/10/20に都内のスタジオを借り切って朝~夜遅くまでぶっ通しで行われました。余命半年の末期癌宣告を受けてから8ヶ月後のことです。
<久山が遺したメモNo.1>これは撮影会直前に書いたメモです。
Slightly out of focus
全て近所を歩きながら見つけた花たちです。花だけでなく花の周りに見える色彩が大事だと言っていました。
新春の限られた季節、風のない穏やかな時しか撮影できない作品です。
Flowers found when he was wandering in the neighborhood.
He used to say that not only colors of flowers, but colors around flowers are also very important. These works taken only in early Spring at very gentle moments without wind.
芸大卒業後から大阪時代を過ごした悪友ヨシケイです。
芸大時代、久山は写真学科、私はデザイン学科、二人ともまじめに学校行ってませんでしたので、会ったことも無く、偶然働きだしてから仕事上で初対面、でも?多分?お互い嫌なやつ と思ってたはず!東京時代のかっこいい久山はあまり知りません、大阪時代はやんちゃくれのかっこよさがどうも好きになれなく、と言うより少しうらやましく、、、永遠のライバル!と久山も認めあった関係です。もちろん今でも。
で、当時張り合ったライバル談をちょいちょいアップして行きます。
(以後、久山→あいつ、私→俺)
お友達からカメラマンの久山さんを紹介され、ヘアメイクの私は、
久山さんと何人かで夜中まで作品撮りしては、沢山の作品を作ってました。
年下の私に、作品作りの色々な事を話してくれたり、教えてくれたり。
こうすると、カッコイイやろ~とか・・
お酒飲みながら、ワイワイ熱く話して。
そんな時間が、今の私にとって、どれだけ大きい宝物になった事か。
久山さんとの最初の出会いは、何泊かしながら、山梨と長野のワイナリーを片っ端から巡るという、雑誌の取材の仕事をしたときでした。
何年前のことだったか、ともかく、それは久山さんが東京に来たばかりのことだろうと思います。
まったくの初対面にもかかわらず、いつの間にか、一緒に仕事をする楽しさに引き込まれ、帰路につく頃にはすでに友だちと言っても良い関係になっていました。
今思っても、本当に不思議な人ですね、久山さんは、人と人の垣根をいつの間にか取っ払ってしまうのです。