TSUNAMI-2 巨大缶詰 Giant Can

048 Photograhed on 4/20/2011

“What the hell’s that?”

Local residents as well as the Self-Defense Forces, police, and fire services all worked hard to open up a small road through the devastation. We made our way slowly south along the coast, making winding diversions where the bridges had been damaged or in places totally destroyed. Driving along a road that was hardly a road at all we arrived at Ishinomaki, where we were greeted by the sight of this huge, bright red cylinder by the roadside. Probably as much as 12 meters high, this giant object was the advertising sign of a local business called Kinoya that sold canned seafood. Despite its size, the can had been swept 500 meters by the waves. It was another grim reminder of the terrible force of the tsunami, but until now we had been moving through an almost entirely monochrome world and this flash of color, which might normally have provided some excitement, seemed to have a healing effect. There was a hint of happiness for the first time in Kuyama’s voice when he spoke. We visited the town several times after this and Kuyama always commented on the can with excitement in his voice: “It’s still there!” The can was removed in June 2012.

Written by Tetsuya Hirose

「なにこれ?」

地元の人、自衛隊、警察、消防団・・・みんなが一生懸命作業して開通させてくれた小道を、ときに完全に破壊された橋を迂回しながら、道なき道を陸前高田から海岸線沿いに南下して到着した石巻で出迎えてくれた真赤な円筒形の巨大な物体。近所にある木の屋水産という会社の、12mはあろうかという看板が500mも流されてきたものであり、それも津波の凄まじさを示すもののひとつなのだが、それまで見てきたものがほとんどモノクロームの世界だっただけに、普通だったら興奮するはずの、その鮮やかな赤になんとなく癒されて、少し嬉しそうにそう言った。その後もここを訪れるたびに久山は「まだあった!」とテンションをあげていた。2012年6月に撤去。

ライター / 廣瀬達也

> 3.11 写真家・久山城正が遺した東日本大震災の風景 スペシャルサイト

TSUNAMI-1 鉄橋 Railway Bridge

013photographed on 4/19/2011

“What’s happened here?”

This was the devastating sight that greeted us as we entered Tōhoku and headed down from the mountains toward Rikuzentakada on the coast. Looming ahead of us were the ruined remains of the railway bridge that used to carry the JR Ōfunawatari line across the Kesen River. We had started to notice signs of the devastation along the road before now, but this was the first thing that really brought home to us the full scale and horror of what had happened. We were still more than three kilometers from the coast, where we had heard that one single tree had survived from the beautiful pine grove that had previously stretched along the beach at Rikuzentakada. From here, the altitude dropped and the extent of the damage grew more severe we neared the sea. Just before this photo was taken, there were ten times as many crows on the tree behind us. After this, Kuyama went off somewhere for a while, saying he wanted to take some pictures of the surroundings. When he returned, his face was grim and drawn.

Written by Tatsuya Hirose

「これ、どうなってんの?」

初めて東北入りし陸前高田の海を目指し山から下っていたときに出会った光景。それは気仙川に架かるJR大船渡線の鉄橋の無残な“傷跡だった”。それまでの道沿いでもそれなりの痕は見始めていたのだが、凄さや凄惨さという意味で目の当たりにしたのはこれが最初となる。美しかった陸前高田の浜に続く松原にまだ一本だけが残っていると聞いていた海岸線まではまだ3km以上もの距離がある内陸部での出来事。その後標高が下がり、海に近付いていくとともにその傷痕の深さと強さは増していくことになる。この撮影の直前、後ろの木のカラスはこの10倍ほどいた。この後、久山は「ちょっと撮影してくる」といって小1時間ほど付近を巡ってきたがその顔は寂しげだった。

ライター / 廣瀬達也

> 3.11 写真家・久山城正が遺した東日本大震災の風景 スペシャルサイト

写真家・久山城正が遺した東日本大震災の風景 

「目の当たりにすることの大切さ」
写真家・久山城正が遺した「東日本大震災の風景」を公開します

写真家・久山城正氏は、あの震災の後、何度も何度も、定期的に被災地を訪れては、無心にシャッターを切り続けました。

それらの作品は、ライターの廣瀬達也氏の言葉とともに、2012年3月6日から11日に開催する個展で、公開する予定だったのです。しかし、その準備の途中に病が発覚し、彼の目論みは、かなわぬままとなりました。

しかし、東日本震災から4年が経過した今こそ、写真家・久山城正が切り取った大震災の風景を、ぜひ目の当たりにしていただきたい、そう考えて、作品の一部を、ウェブで公開させていただくことにしました。

> Gallery TSUNAMI

Team Shiromasa

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久山城正氏が撮影した東日本大震災TSUNAMI   - 東原慶和

操山高校S52年卒業の故久山 城正氏が写真撮影された「東日本大震災TSUNAMI」を拝見させて頂きました。この作品による銀座での個展を準備中に病気が発覚し、止む無く開催を中止されたそうです。お亡くなりになられた後は、ホームページ以外での作品発表をされていないとお聞きし、私は写真家 久山城正の想い「東日本大震災TSUNAMI」を故郷岡山の人々に届けなければならないと思いました。

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パレルモ「シャンガイ」にて(1) - 河野浩士

■思い出すのは、やっぱり「旅」での出来事

私の現在の職業は弁護士。この仕事には、やりがいこそあるんですが、ひとつ残念なことが・・・。 それは、取材旅行のように、仕事での旅の機会がまず無いこと。たとえ出張があったとしても、地方の裁判所や、関係先に直行し、ほとんどとんぼ返りなんですよ、これが。

じつは、私は、弁護士になる以前、小さな編集プロダクションを主宰していました。当時、最も得意としていたジャンルは、それこそ「旅」についての本や雑誌記事編集や執筆。つまり・・、半分は旅するのが仕事だった訳で

「俺は一生定住者にならず、旅して生き抜いてやる!」などと、本気で考えていたぐらいです。

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梅 – UME blossoms

野田晴彦バンドのアイリッシュ・ウィッスルの優美なバラード曲「すばる」に合わせてスライドショーで上映されました。実は60枚全てで1つの作品なのですが、今回は一部をセレクトしてご紹介します。真っ先に春の訪れを知らせてくれる可憐な梅の花。ぜひ1枚づつゆったりとご覧下さい。
Presented as a slideshow along with a ballade [SUBARU] of graceful Irish whistling by the Haruhiko Noda Band.This is a piece of artwork consists of all 60 photos, but we would like to introduce some selected ones here.Dainty UME blossoms telling us that Spring is just around the corner.
Please enjoy them a piece by a piece.

久山さんとソックリさん - カワハラ

その日、私はとても緊張していました。
東京に出てきて数カ月。ライターとして、はじめて著名人にインタビューすることになったからです。
そして、この仕事ではじめて久山さんに会いました。
いまから13年前の2002年1月22日のことです。

実はすっごい不愛想な人やったらどないしよー。
頭真っ白ンなって、ヘンな質問してしもたらどないしよー。
沈黙続いたらどないしよー。

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My town わが町

2010年3月に「野田晴彦バンド+久山城正*フォトセッション」が行われました。
「わが町」という笛とピアノのデュオによるバラード曲に合わせて上映されたもの。今回はその一部をご紹介します。懐かしくてせつない、そして心穏やかにしてくれる写真です。

[ PHOTO SESSION of Haruhiko Noda  Band + Shiromasa Kuyama ]took place in March, 2010.
We would like to introduce a part of Kuyama’s work titled [ My town ] which was presented along with some ballades by the beautiful duo of recorder & piano. These work are nostalgic, sad….and make you feel peaceful.

わが町 – 野田晴彦

ひとぼん、えらい寒いな。分厚い靴下はいてるか~?送ってもろた写真ファイル、見れたで~。大阪弁は本来「ら抜き」コトバやな(笑)。

「野田晴彦バンド+久山城正*フォトセッション」ちゅうライブをやったときのんやね。
5人編成のワシらのバンドが演奏してるステージのうしろにスクリーンを設置して久山城正の写真をスライドショーにして映写したんや。
Nodaband-at-Terra

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たんぽぽ久山さん  -Shizuka

久山さんが亡くなった時に咲いた
季節外れのたんぽぽ →

その日以来、何度も咲いてくれています。

ある時は見守るように。
ある時は励ますように。
何度も会いに来てくれる久山さんに元気をもらっていたし、
うれしくて仕方ありませんでした。

なのにある日!
その大切なたんぽぽが誰かに引き抜かれてしまったんです!!!

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