今春のある日、自宅に本が届きました。著者は、久山の友人/桑原弘樹さん。
そこには、
「事後報告で恐縮ですが、あとがきに久山さんと桑原さんのやりとりの一部を掲載させていただきました。・・・ 桑原塾/運営事務局」 という内容のお手紙が添えられていました。
え?と思って本の最後の方をめくってみると、久山が亡くなる少し前までトレーニングしていた話が書かれていました。


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今春のある日、自宅に本が届きました。著者は、久山の友人/桑原弘樹さん。
そこには、
「事後報告で恐縮ですが、あとがきに久山さんと桑原さんのやりとりの一部を掲載させていただきました。・・・ 桑原塾/運営事務局」 という内容のお手紙が添えられていました。
え?と思って本の最後の方をめくってみると、久山が亡くなる少し前までトレーニングしていた話が書かれていました。

6月16日
午前7時半起床。昨夜入り損ねたジェットバスに湯を溜めて、優雅な朝風呂を楽しむ。あまりにもセシボン、あまりにもパローレパロレパローレな朝のシチュエーションである。なんだか急に顔が引き締まって、3割がた彫りが深くなったような気分で体を拭いているところへ、ノックの音。ホテルのボーイ君が朝食を運んできたのだが、彼の彫りの深い顔を間近で見るにつけ、急に自分の顔が平べったくなったように感じる。「オレってやっぱりオリエンタル・・・」などと現実の厳しさを思い知った後、久山を起こしに行く。彼の部屋にも朝食が運ばれたところで、せっかくだから一緒に外で食おうということになる。各々朝食を載せた盆を手に、ホテルの中庭に降りる。
氷河期が終わった約8000年前に誕生したといわれる青森県と秋田県にまたがるブナ林、白神山地。
久山は2011年の初夏に訪れています。
Straddling the border between Aomori and Akita Prefectures, the Shirakami-Sanchi beech forest that is said to have come into existence about 8,000 years ago, after the last ice age. He visited here in early summer of 2011.
6月15日。
「おはよう」
と久山に起こされて目が覚めた。二日酔いである。昨日、試合の後、僕は部屋に戻って大急ぎで原稿を仕上げた。久山はトゥールーズ市内のラボへ行って、フィルムをデジタル処理するというめんどくさい作業に没頭した。当時はまだ写真はフィルムで撮るものだったので、デジタルに焼きなおして日本へ送るという作業は、久山にとっても初めてのことだった筈だ。編集者のK林君もやってみなければ上手くいくかどうかわからない、と言っていた。
6月7日。久山の誕生日に合わせて立ち上げたshiromasa.comは、今日でちょうど1年になりました。
shiromasa.comにお越しの皆様、ごきげんよう。久山との思い出を綴った沢山の手記を読んでいて何だかとても不思議な気持ちになった。本人のキャラに負うところが大きいのはわかるのだが、『ちょっと遠いところへ旅してくるワ、また会おうの』みたいな台詞を残してどっかへ出掛けて行った、ような感じがするのだ。原田もそう書いてたっけなぁ・・・
6月13日。
目覚ましを8時半にかけていたのだが、それが鳴り出すよりも早く、自然と目覚めてしまう。時差ぼけのせいだろうか。窓を開け放つと、外は絵に描いたいたようないい天気である。とりあえず顔でも洗うか、と歯ブラシを手に洗面所に赴く。歯磨き粉は拝借するつもりで、洗面台の周辺を探してみたところ、これがなかなか見つからない。
最初に話を持ってきたのは、某大手出版社の女性誌編集者K林君だった。
1998年の3月のことだ。
K林君は僕よりも7、8才若い、30代初めのサッカー好きの編集者だった。彼は、創刊したばかりの女性誌の編集に関わっていたのだが、なんとかしてサッカー寄りの記事を書こうとして必死だった。僕のところへ来たのも、なんだか的はずれのインタビューを取りに来たのが最初だった。
ひとぼん、本当に今回の旅はありがとう。照りつける太陽の下で太平洋を眺めていて涙が出ました。あんな海が見たかったんです。今までの人生を振り返ってほっと出来ました。そして、そこへ続く四万十川のゆるやかでおおらかな流れを見て、心がとても落ち着きました。
久山さん、私のコト覚えていらっしゃいますでしょうか?
久山さんの大阪時代、事務所をデザイン会社とシェアされていた時
そのデザイン会社で勤務していたキタジマです。
あきちゃんだよー。(←自分で言って少し恥ずかしい)