久山と暮らした家   - Hitobon

久山と暮らした家。

神田川に程近い閑静な住宅街。遊歩道が桜で満開になる神田川が大好きでした。
家の庭には立派な梅の木があり、ちょうど今ごろの季節に可憐な白い花が咲き始めていたことを思い出します。
梅
毎朝ランドセルの子供達がきゃっきゃ言いながら通学するのに合わせて愛犬くまが庭で元気に走り回る・・・そんな風に1日が始まる日当たりのとても良い家でした。
久山が大好きだったソファはリビングの窓すぐ近くにあり、のんびりくつろいだり窓越しの景色や暖かな日差しを楽しんでいました。

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久山との旅 / 徒然なるままに-3 原田宗典

亡き友の 夢みし夜明け 彼はただ
にこにこ笑って いるだけだった

と歌に詠んでツイッターに投稿した1月14日。久山は、夢の中で笑っていた。良い笑顔だった。何か会話したような気もするが、覚えていない。目覚めたとき、ただ笑顔の印象だけが残った。
そして今、同日の午後5時、ぼくは今、久山宅にいて、これを書いている。
一昨年の9月から毎週のように通い続けたこの家。ぼくにとってもすごく愛着がある家だが、来週、引っ越すことになった。と言っても引越し先は同じ町内で、歩いて5分とかからない至近距離である。でも引越しは引越しだから、仁子さんは大変だ。今、部屋の中にはパンダの描かれたダンボール箱が嫌というほど散見される。ぼくも前に引越しした時、同じ運送会社だったので、このパンダマークを嫌というほど見て、今ではすっかりパンダ嫌いになってしまった。

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HAWAIIへの想い・・散骨 - コンドウ

久山さんが病と闘っている時に言っていたことの中で、
「散骨」
と言うことを、私は伝えられていました。
なんせ、病院から退院してきて、必ずすぐに髪を切りに来る久山さん。
前にもここ☆に書かせていただきましたが、
常に「カッコイイ」にこだわっていたので、当然と言えば当然。

ある髪を切りに来た日に突然、
「今日、東急ハンズに寄って買ってきたんだよ〜〜」と。
「なにを?」と私が聞くと
「え??ミルだよ、ミル! 散骨する為に細かくしないといけないからね」と。

その頃から、「散骨をHAWAIIで・・」と言う久山さんの意思がありました。

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柔らかくて強い人  河野理恵子

久山さん、お久しぶりです。
仁子さんからshiromasa.comに投稿記事をとのお話いただいたとき、実は少しだけためらいました。久山さんや仁子さんのまわりには素敵なお友達がたくさんいらっしゃるのに、私でいいのかしらと。でも、せっかくなので受けちゃいました。図々しくてすみません。僭越ながら、久山さんにお便りさせていただきます!

この機会にかつての仕事ファイルをひっくり返してみましたよ。久山さんと初めて会ったのは、2008年5月。お名前だけは前職の頃から知っていたので、もっと前から知り合いの気分でしたが、初対面は今から7年前のことでした。

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久山との旅「メメント・モリ」秘話 -原田宗典

来る11月20日、十数年ぶりの小説「メメント・モリ」が書店に並ぶ。嬉しい。本当に嬉しい。
「メメント・モリ」は昨年(2014)9月に当てもなく書き始めた――それは久山の家に毎週火曜日に通うようになった時期とぴったり一致している。少しずつ少しずつ進めながら火曜日に久山宅を訪れ、その1週間で進んだ分を朗読して、久山と仁子さんに聞いてもらう。二人はとても聞き上手なので、毎回読んで聞かせるのが楽しみになった。そして年が明けて今年の3月半ば、「メメント・モリ」は250枚の長さになって完成した。約半年で250枚――僕にしては上出来だ。というか、この十数年最後まで書けずに苦しんでいたことを思うと、この完成は奇跡のように思えた。「久山が力を貸してくれたんだな」とはっきり思った。

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命日に – Hitobon

今日は、久山城正が天国に旅立った日。

早くから目が覚めてその日のことを思い出していました。
今朝のリビング窓からの柔らかい日差しとチュンチュンという小鳥のさえずり、そしてふわふわとした柔らかい空気感があの時と同じでした。

2年前。静かに流れる時間の中で、久山の呼吸は少しずつ少しずつ浅くなっていき、すーっと音もなく止まりました。それは言葉にできないほど悲しい瞬間でしたが、とても崇高でまるで異次元の世界にいるような・・・今まで経験したことのない特別な空気感に包まれていました。

「オレは病院では絶対に死なない。家で死にたい」と言っていた久山。
それが出来たことは私たち2人にとってとても幸せなことでした。

このふわふわした柔らかい空気感に包まれて、久山を感じながら、今日という日を過したいと思います。

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Shiro、もう2年経つんだね、、、。 - Misuzu

Shiro、もう2年経つんだね…。

初めて会った時、Shiroはオートバイで事故ってて、松葉杖だった。
次に会った時、ShiroはMonument Valleyで風邪ひいて寝込んだ。
その次に会った時、Shiroは悩んどった。
次の次の次に会った時、Shiroは病気になってた。

私が”久山君”という存在を知ったのはもう20年以上も前だけど、
初めてShiroに会ったのは確か8年程前だった。
私は、Hitobonが、Okuと呼ばれていたハチャメチャな大阪時代からの友達。
オートバイの教習所のロッカールームで初めて逢って、同類のにおい?を感じてから今に至ってる。

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久山との旅 / 徒然なるままに-2 原田宗典

先週、久山の愛娘ういり(愛里)と逢った。前に逢ったのは多分2003年、実に12年ぶりのことだ。
「前にお逢いした時はまだ高校生でした」
「そうかあ、岡山の操山会館で逢ったんだよな」
「そうです。ごぶさたいたしまして」
ういりはちょっと照れ臭そうに言った。そして久山の遺影にお線香をあげ、手を合わせた。その横顔と、久山の遺影を交互に見つめながら僕は涙ぐんでしまった。ういりはこの3月、長らくつきあってきた彼氏と入籍し、9月にハワイで挙式をあげたという。その結婚の報告を遺影に向かってしているのだろう。彼女の横顔はとても美しかった。そして久山の遺影もいつもより穏やかに微笑んでいるように思えた。

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「久山城正一世一代の大撮影会」スナップ写真  - Hitobon

2012年10月20日
残された限りある時間と、彼の人生そのものとも言える写真活動。
久山は最後の大仕事に「現場でシャッターを切る」ことを選び、友人達に来てもらって大撮影会を催しました。
10時間以上ぶっ通しでシャッターを切り続けたその日から今日でちょうど3年。
久山が天国に旅立ってからもうすぐ2年になります。

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久山との思い出  - 池内勝正

私が久山と知り合ったのは、17歳の5月頃でした。
その頃の私は、母が亡くなり、また学校では謹慎になりと散々な時期でした。

3年で同じくクラスになり、久山の友人グループと話をするようになり、
久山と知り合いました。
それまで、顔と名前は知っていましたが、1学年に450人の学校でしたので
話をした事はありませんでした。

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