余命半年という末期の胆嚢癌宣告を受けてから、1年少し経った2013年3月に書いたメモです。
投稿者: team shiromasa
A photo of the day-2
「くま」は4才になりました -Hitobon
「くま」」は柴犬の男の子。生後2ヶ月でウチに来てからというものは、家中を走り回ったり、私たちにぴょんぴょん飛びついたり、椅子の脚にキツーイ甘噛みをしたり、反対に久山にいじられたりもして、夜中まで毎日毎日ハアハア言いながら必死に遊んでいました。
久山との旅 1周忌の日 – 原田宗典
11月7日、僕は八ヶ岳にいた。
今日が久山の命日だということは、だいぶ前から意識していた。そのせいか7日は朝、明るくなるまで眠れずに、ベッドの中でずっと起きていた。その間に色々なことを思い出していた。久山は確か朝亡くなったと聞いていたので、その時間が来るまで眠れなかったのかもしれない。「夢に久山が出てくるかもしれないな」と思って2、3時間眠ったが、全然関係のない夢を見た。
久山城正の一周忌 -Hitobon
命日の11月7日から3日間、久山が愛し最期まで過ごした自宅で1周忌を行いました。
何かあるごとに「みんなに会いたい~」と言っていた久山ですので、たくさんの方々にお越しいただき喜んでいたに違いありません。
THE TENGOKU
久山との旅 長野パラリンピック-3 -原田宗典
開会式の翌日から、僕と久山は精力的に競技会場を取材して回った。移動は、基本的にはプレス用のバスだった。初めはプレスパスが1枚しかないので、ドキドキだったが、運転手さんがいちいちそれを見もしないことがわかると「なーんだ」と安心して、気楽に乗り込むようになった。
「花」シリーズとの出会い - t.m.

僕が最初に久山さんに会ったのは、2013年の4月。
「自分の作品をきちんと世に残したい」というようなことで、友人知人のツテを巡り巡って僕がそのお手伝いをするかもというのがきっかけでした。
筋肉を鍛えるんだ -Hitobon
久山はフリーのプロカメラマンとして30年以上写真を撮り続けました。その活動範囲は多岐にわたり、様々な職種のコマーシャル写真から雑誌・装丁・旅・ポートレート・アパレル・ブライダル・・・とマルチに対応できる希少なカメラマンでした。その為、カメラや機材の種類も多く、空撮や極寒での撮影、危険を伴う撮影や単独海外ロケなどとても体力を使う仕事を多数こなしていました。
久山との旅 長野パラリンピック-2 原田宗典
長野は、僕にとって懐かしい土地だ。父方も母方も信州の出で幼いころから長野へは何度も行った。
善光寺へも数え切れないほど参拝していた筈なのだが、パラリンピックの時久山と2人で参拝した善光寺は、なぜか今までとは違った趣に見えた。半分久山の目でこの寺を眺めていたからかもしれない。長い上り坂の参道沿いには、オリンピック・パラリンピックの旗がずらりと掲げられていて、道行く人達の中にも競技者らしき車椅子の人達が多く認められた。それでも人通りは思ったほど多くはなくて少しさびしい気がした。
