Team ShiromasaのWeb担当のMです。
今回は、久山さんの作品のひとつ「東日本大震災 – 津波 写真家・久山城正が遺した風景」について書かせていただきます。
東日本大震災の記憶を記録するために久山さんが遺した写真を公開しています。


Photographer

Team ShiromasaのWeb担当のMです。
今回は、久山さんの作品のひとつ「東日本大震災 – 津波 写真家・久山城正が遺した風景」について書かせていただきます。
久山と暮らした家。
神田川に程近い閑静な住宅街。遊歩道が桜で満開になる神田川が大好きでした。
家の庭には立派な梅の木があり、ちょうど今ごろの季節に可憐な白い花が咲き始めていたことを思い出します。

毎朝ランドセルの子供達がきゃっきゃ言いながら通学するのに合わせて愛犬くまが庭で元気に走り回る・・・そんな風に1日が始まる日当たりのとても良い家でした。
久山が大好きだったソファはリビングの窓すぐ近くにあり、のんびりくつろいだり窓越しの景色や暖かな日差しを楽しんでいました。
亡き友の 夢みし夜明け 彼はただ
にこにこ笑って いるだけだった
と歌に詠んでツイッターに投稿した1月14日。久山は、夢の中で笑っていた。良い笑顔だった。何か会話したような気もするが、覚えていない。目覚めたとき、ただ笑顔の印象だけが残った。
そして今、同日の午後5時、ぼくは今、久山宅にいて、これを書いている。
一昨年の9月から毎週のように通い続けたこの家。ぼくにとってもすごく愛着がある家だが、来週、引っ越すことになった。と言っても引越し先は同じ町内で、歩いて5分とかからない至近距離である。でも引越しは引越しだから、仁子さんは大変だ。今、部屋の中にはパンダの描かれたダンボール箱が嫌というほど散見される。ぼくも前に引越しした時、同じ運送会社だったので、このパンダマークを嫌というほど見て、今ではすっかりパンダ嫌いになってしまった。
Monument Valley in Winter
モニュメントバレーは古くからネイティブアメリカンの聖地とされ、パワースポットが点在する場所として人気です。
久山は2007年の冬にここを訪れました。
Monument Valley as a sacred place for native American from ancient times,the place are popular with many power spots dotted.He visited here in winter of 2007.
Wishing you a bright and happy New Year !
-Team Shiromasa

With best wishes for Merry Christmas!
-Team Shiromasa

久山さんが病と闘っている時に言っていたことの中で、
「散骨」
と言うことを、私は伝えられていました。
なんせ、病院から退院してきて、必ずすぐに髪を切りに来る久山さん。
前にもここ☆に書かせていただきましたが、
常に「カッコイイ」にこだわっていたので、当然と言えば当然。
ある髪を切りに来た日に突然、
「今日、東急ハンズに寄って買ってきたんだよ〜〜」と。
「なにを?」と私が聞くと
「え??ミルだよ、ミル! 散骨する為に細かくしないといけないからね」と。
その頃から、「散骨をHAWAIIで・・」と言う久山さんの意思がありました。
久山さん、お久しぶりです。
仁子さんからshiromasa.comに投稿記事をとのお話いただいたとき、実は少しだけためらいました。久山さんや仁子さんのまわりには素敵なお友達がたくさんいらっしゃるのに、私でいいのかしらと。でも、せっかくなので受けちゃいました。図々しくてすみません。僭越ながら、久山さんにお便りさせていただきます!
この機会にかつての仕事ファイルをひっくり返してみましたよ。久山さんと初めて会ったのは、2008年5月。お名前だけは前職の頃から知っていたので、もっと前から知り合いの気分でしたが、初対面は今から7年前のことでした。
来る11月20日、十数年ぶりの小説「メメント・モリ」が書店に並ぶ。嬉しい。本当に嬉しい。
「メメント・モリ」は昨年(2014)9月に当てもなく書き始めた――それは久山の家に毎週火曜日に通うようになった時期とぴったり一致している。少しずつ少しずつ進めながら火曜日に久山宅を訪れ、その1週間で進んだ分を朗読して、久山と仁子さんに聞いてもらう。二人はとても聞き上手なので、毎回読んで聞かせるのが楽しみになった。そして年が明けて今年の3月半ば、「メメント・モリ」は250枚の長さになって完成した。約半年で250枚――僕にしては上出来だ。というか、この十数年最後まで書けずに苦しんでいたことを思うと、この完成は奇跡のように思えた。「久山が力を貸してくれたんだな」とはっきり思った。