エンボス / 原研哉

エンボスという紙の加工法がある。日本語では「空押し」とも言い、彫刻板を強くプレスすることで、文字や図像を精緻な起伏として紙の上に立ち上げる。印刷とは一味違った優雅な風情を生み出す効果があり、賞状や保証書など、一枚の白い紙に価値や思いを盛り込む手法として用いられることが多い。

岡山の高校で同窓だった写真家の久山城正は、高校を卒業して二十年以上が経過したある時、不意に上京して東京で仕事を始めた。同じく高校時代からの悪友、原田宗典と久山が親しかったこともあり、すぐに頻繁に会うようになり、久山の撮影した写真で、原田の小説の装丁をしたこともあった。原田の本を例外として、友人関係で仕事をする習慣を僕は好まないので、四つに組んで仕事をした記憶はない。しかし久山は男気を感じる写真を撮る人であった。勇壮とか猛々しいとかいう意味ではなく、自分の惚れ込んだ対象をけれん味なく愛そうとする、不器用な写真であったが、その率直さ、清々しさに、心の中をぽっと照らされるような作風である。どんな時も笑いを絶やさない男でもあった。撮影中の事故で骨折して入院している久山を見舞ったことがあったが、満面の笑顔で実に楽しそうに入院していた。
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【繋心】バックスキンとオレンジのライカ  イッコウ

ひーちゃんに手伝ってもらってミラノで展覧会したときのこと。帰りの飛行機が成田に近づいたら「空港にボーイフレンドが迎えに来てるの」って、ひーちゃん嬉しそうに言ってた。ミラノでもすごいカメラ持って写真パチパチ撮りまくってた。

そう言えばあの時、空港で初めて久山くんと会ったんだ。ひとこ姫を迎えに来た王子さまみたいだったよ。
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【繋心】 天国3年生のShiroへ  Hitobon

Shiro、天国へ旅立ってから3年経ったけどそっちはどう?

気がむいたときに好きなところへぴゅ~と一瞬で移動して、私たちとは違った世界で色んなものを見たり感じたりして楽しんでいるのかな?そこから見える景色はどんなふう?私たちの見える世界とはどう違うの?想像もつかない綺麗な景色?今どのあたりにいるの?

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【繋人】もう三年?まだ三年?   河野浩士

「早いものでもう3年」などと言いつつも、久山さんがあちらの世界に移住してから、じつは、たった3年とは思えないほど、いろんなことが、私には起きています。むしろ「えっ!まだ3年?」かもしれません。
たとえば、つい最近の出来事で言えば、今年の7月1日、この年齢で初めて子ども(娘)を授かって、ただいま腰痛と闘いながら子育て奮闘中。久山さんにも今年お孫さんができたそうですが、なんとうちの娘は同級生ということになるわけです。

それにしても、こうして何か嬉しいことがあるたびに、あるいは何かしんどいことがあるたびに「久山さんがいれば何と言うかなあ、一緒に酒でも飲めたらいいのになあ」と、いつもいつも思わずにはいられません。まあ実際に久山さんがいたならば、案外何も大した話なんぞせず、ただくだらない話を一緒にしながらダラダラ飲むだけなのかも・・・ですけどね。
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【繋人】 近況報告 いそえしんや

去る、本年9月19日に大学時代からの旧友が、
たぶん久山さんの近所に越していきました。
物静かで本や音楽、映画が好きな男です。
仲良くできると思いますし、いろいろと教えてやってください。
こうして少しずつ、こっちの友人が減っていきますが、
いずれぼくも近くに行きますので、それまで暫しお待ちあれ。

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【繋心】たんぽぽ久山さん Shizuka

先日観た大好きなミュージカルの中で
「その人に受けた影響こそが1番の形見だ」というセリフがありました。

久山さんが教えてくださった事が私の中にたくさんある!と思うとものすごく心強い気持ちになりました。

久山さんが亡くなった時に咲いていた〈たんぽぽ〉は今でもずっと、何かあるたびに咲いてくれています。
本当に、いつも。です。
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【繋人】 覚悟のビーム  Keiko

何年前の事だったのだろう?
ヒーちゃんが久山くんと暮らし始めて間もない時、久山くんと二人で会う事になった。
青山1丁目のだだっ広い大きなカフェに入ると、そのど真ん中に腰をずらしてソファに座って待っていた久山くん。いかにも久山くんらしい佇まいだったのだけどその時の彼の目が私は未だに忘れられない。。
妙に鮮明に私の脳裏に残っている。
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