久山との旅 / 「アロハにアイロン」 原田宗典

晴れた日。風が心地好い。半袖の季節だ。

洋服箪笥を開けると、右から2番目に、久山のアロハシャツが架けてある。昨年の秋に洗濯してハンガーに架け、そのまましまっておいたものだ。今年もまた、これを着られる季節がきた。
「どこへ行くの?」
背後からおふくろが声をかけてくる。
「久山のところだよ」
「あら、そう」
「ほら、これ、久山のアロハ、いいでしょう?」
「まあ、しわくちゃじゃないの」
「いいんだよ、アロハはしわくちゃの方がいいんだ」
「だめ!!アイロンかけるから脱ぎなさい」
「ええ?いいよ別に」
「絶対だめ!!アイロンかけなきゃ」
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久山との旅「久山の帽子、父の帽子」 原田宗典

やあ、久山、久しぶり。ここに書くのは二ヶ月ぶりくらいかな。でもその間、毎日のようにおまえのことを思い出しているよ。それはやっぱり形見わけで貰ったおまえの鞄と帽子のせいだな。吉田鞄の鞄を肩にかけて、星と熊の描かれた帽子をかぶるたびに、ぼくは心の中で呟く。
「よっしゃ、久山、行こうぜ」
そうやって勢いをつけて町へ出かけるんだ。鞄はともかく、この帽子、久山には似合ってたけど、多分ぼくが被ると、ちょっと浮いて見えるらしい。初めて見る人は、
「なあに、その帽子?」
と尋ねてくる。するとぼくはちょっと嬉しくなって
「いや、実はこれはね・・・」
と帽子の由来を語るのだ。そういう時、すぐそばに久山、おまえがいるような気がして、何とも言えず嬉しいんだよ。分かるだろ?
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久山との旅 / 「今年の初夢」  原田宗典

 2017年 年が明けて1月1日の夜、何だかとんでもない夢を見た。どうしてこんな夢を見たのか、覚めてから考えてみたら色々と思いあたるふしがあった。
 ひとつは、眠る前、寝床の中で長谷川伸の「瞼の母」を読んでいたことである。これは年末に大谷さんから借りた本で、次のお芝居を書く上でどうしても読んでおきたいものであった。もうひとつは、これを読みながら、ぼくの脳裏には久山との旅が甦っていたことである。

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【繋心】 久山との旅  三年経った   原田宗典

久山よ、おまえがいなくなってから三年も経つのか。年をとるごとに年月は早く流れるとは言うけれど、この三年は早かった。本当にあっという間だった。

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三年か・・・昔は、三年経てば色んなことが大きく変わった。例えば中学の三年間、高校の三年間を思い出してみれば、その間にどれだけの変化があったか、誰しも思いあたるだろう。この年になって振り返ってみると、十代の頃なんかは、今とは全然違う自分が生きていたとしか思えない。だって毎朝七時に起きて、八時半から授業があって「現国」「歴史」「生物」「体育なんて一時間ずつ勉強して、昼めし食って隠れてタバコを吸って、午後はまた二時間授業があって、それから部活に出て、帰りがけに喫茶店に寄って帰宅。夕めしを食べたら、今度は受験勉強、という繰り返しの毎日を送っていたのだ—何故そんなふうにできたのか?謎である。今や朝めし食べて、あくびをして屁をひとつこいたら、もう昼、という暮らしぶりなのだから。
久山よ、おまえの暦は、2013年の11月7日で止まってしまった。そして久山のいない世界が三年も続いた。前にも書いたけど、ぼくにとって旅のツレであった久山を失ってから、ぼくは一度も旅をしていない。
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久山との旅 / スプレーのこと 原田宗典

先日、高田馬場で異臭騒ぎがあった。なじみのある駅なので、それなりに注意してニュースを見ていたら、

<犯人は赤い服の女!?>
<前に立っていた男性の首筋にスプレー!?>
<犯人の女は黒い傘をさしてた!?>
などと、都市伝説みたいな詳細が少しずつ明らかになってきた。話を総合すると、駅のホームで黒い傘をさして赤い服を着た女が、前に立つ男性の首筋にスプレーのようなものを吹きかけたところ、男性および周囲の何人かが、具合が悪くなった――ということになる。
「あ、これはあれだな」
と、すぐに思い出したのは、久山のことである。いや、久山が痴漢をはたらいて催涙スプレーをかけられた、という話ではない(そういう話があってもおかしくないけど)。ずいぶん昔、もう20年くらい前に、こんな話を聞いたことがあった。 続きを読む

久山との旅 / 映画について  原田宗典

久山と一緒に映画を観にいった記憶はない。だた一緒にビデオを観たことは、何度かある。よく覚えているのは、海外へ旅する際に機内で観た映画だ。どこへ旅した時だったか、それは忘れてしまったが、居眠りしていたぼくを、久山が肘でつついて起こしたのだ。
「おい原田、これおもろいで」
言われて前方の画面に目をやると、そこにはものすごく濃い顔の変な男が映っていた。久山の言う通り、確かにその短編映画は面白かった。
「誰やろ?あのおっさん」
「知らん。初めて見た。けど面白いなあ」
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久山との旅 / 彼のアロハシャツ 原田宗典

5月11日。風の強い日だ。
午前中、近所を散歩すると、汗ばむほど暑かった。帰宅してニュースを見ると、東京の気温は、もう25度まで上がっているという。
「お、いよいよ出番だな」
そう思ってぼくはタンスの中からきれいに折り畳んだアロハシャツを取り出した。
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久山との旅 徒然なるままに-5 原田宗典

今朝、一本の電話がかかってきた。受けたのは、おふくろだ。ぼくはまだ寝床の中にいた。
「ええ――ッ!?」
おふくろはもともと大袈裟なひとだが、その声の調子は、いつもとはかなり異質なものだった。嫌な予感がした。しばらく小声で話し込んでから、受話器が置かれた。
それを確かめてからぼくは起き上がり、台所に行った。おふくろは椅子の上にちんまりと座っていた。
「どうしたの?」
声をかけると、おふくろはうつむいたまま、
「さとえさんが亡くなったって・・・」
そう答えた。
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久山との旅 / 徒然なるままに-4 原田宗典

今日は、311のことについて書こう。

ご存知のとおり久山が撮った震災の写真はshiromasa311.comのほうで閲覧できるのでぜひそちらを見てください。もう5年も経ったけれど久山の写真をご覧になれば、あの日の記憶が鮮明に甦ってくる筈。日本中、いや世界中の人に見てもらいたい。そしてあの日に起こったことを10年先20年先まで語り継いでもらいたい。
さて、2011年3月11日午後2時46分、あなたはどこにいて何をしていましたか?久山は、なんと新幹線の中にいたそうです。当然新幹線は緊急停車し(大阪と京都の間だったらしい)車内は大混乱していた。その時たまたま久山はipadを持っていたので、それで情報収集して車内の皆に見せていたらしい。 続きを読む

久山との旅 / 徒然なるままに-3 原田宗典

亡き友の 夢みし夜明け 彼はただ
にこにこ笑って いるだけだった

と歌に詠んでツイッターに投稿した1月14日。久山は、夢の中で笑っていた。良い笑顔だった。何か会話したような気もするが、覚えていない。目覚めたとき、ただ笑顔の印象だけが残った。
そして今、同日の午後5時、ぼくは今、久山宅にいて、これを書いている。
一昨年の9月から毎週のように通い続けたこの家。ぼくにとってもすごく愛着がある家だが、来週、引っ越すことになった。と言っても引越し先は同じ町内で、歩いて5分とかからない至近距離である。でも引越しは引越しだから、仁子さんは大変だ。今、部屋の中にはパンダの描かれたダンボール箱が嫌というほど散見される。ぼくも前に引越しした時、同じ運送会社だったので、このパンダマークを嫌というほど見て、今ではすっかりパンダ嫌いになってしまった。 続きを読む

久山との旅「メメント・モリ」秘話 -原田宗典

来る11月20日、十数年ぶりの小説「メメント・モリ」が書店に並ぶ。嬉しい。本当に嬉しい。
「メメント・モリ」は昨年(2014)9月に当てもなく書き始めた――それは久山の家に毎週火曜日に通うようになった時期とぴったり一致している。少しずつ少しずつ進めながら火曜日に久山宅を訪れ、その1週間で進んだ分を朗読して、久山と仁子さんに聞いてもらう。二人はとても聞き上手なので、毎回読んで聞かせるのが楽しみになった。そして年が明けて今年の3月半ば、「メメント・モリ」は250枚の長さになって完成した。約半年で250枚――僕にしては上出来だ。というか、この十数年最後まで書けずに苦しんでいたことを思うと、この完成は奇跡のように思えた。「久山が力を貸してくれたんだな」とはっきり思った。
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