久山との旅 / 五年か。 原田宗典

最近、時の流れについてぼんやり考えることが多い。年のせいかなあ。1日は嫌になるほど長いのに、一週間はものすごく早い。一ヶ月も、一年も、あっという間に過ぎていく。久山が逝ってしまってからの五年にしてもそうだ。十五歳から二十歳までの五年は、あんなに濃密だったのに五十五歳から六十歳までの五年間に自分は何をしたろうか?比べてみると、何だか虚しくなってしまう。同じ五年のはずなのに、まったく違う時の流れだ。不思議なものだなあ。
閑話休題。

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久山との旅 / 生誕60年  原田宗典 

今日は6月7日、久山の誕生日だ。生きていたら60歳。つまり還暦だ。うわあー、びっくり。60歳だなんて想像もつかないや。と、かく言うぼく自身も同級性だから来年の3月にはやっぱり還暦を迎えるんだから、驚いてる場合じゃないよね。
そういえば一昨日の6月5日、やはり同級性の原研哉の還暦祝いがあった。実に盛況でね。原はバーテンダーになって大勢の客たちにマティーニを作ってふるまっていた。原はぼくにとっても久山にとっても自慢の友達だ。「あともう少し一緒に生きていたいから、久山みたいに急にいなくなったりするなよ。おれは淋しがりやなんだからな」と手紙を書いて渡したよ。うん、嬉しそうにしてたな。

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久山との旅 / 「アロハにアイロン」 原田宗典

晴れた日。風が心地好い。半袖の季節だ。

洋服箪笥を開けると、右から2番目に、久山のアロハシャツが架けてある。昨年の秋に洗濯してハンガーに架け、そのまましまっておいたものだ。今年もまた、これを着られる季節がきた。
「どこへ行くの?」
背後からおふくろが声をかけてくる。
「久山のところだよ」
「あら、そう」
「ほら、これ、久山のアロハ、いいでしょう?」
「まあ、しわくちゃじゃないの」
「いいんだよ、アロハはしわくちゃの方がいいんだ」
「だめ!!アイロンかけるから脱ぎなさい」
「ええ?いいよ別に」
「絶対だめ!!アイロンかけなきゃ」

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久山との旅「久山の帽子、父の帽子」 原田宗典

やあ、久山、久しぶり。ここに書くのは二ヶ月ぶりくらいかな。でもその間、毎日のようにおまえのことを思い出しているよ。それはやっぱり形見わけで貰ったおまえの鞄と帽子のせいだな。吉田鞄の鞄を肩にかけて、星と熊の描かれた帽子をかぶるたびに、ぼくは心の中で呟く。
「よっしゃ、久山、行こうぜ」
そうやって勢いをつけて町へ出かけるんだ。鞄はともかく、この帽子、久山には似合ってたけど、多分ぼくが被ると、ちょっと浮いて見えるらしい。初めて見る人は、
「なあに、その帽子?」
と尋ねてくる。するとぼくはちょっと嬉しくなって
「いや、実はこれはね・・・」
と帽子の由来を語るのだ。そういう時、すぐそばに久山、おまえがいるような気がして、何とも言えず嬉しいんだよ。分かるだろ?

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久山との旅 / 「今年の初夢」  原田宗典

 2017年 年が明けて1月1日の夜、何だかとんでもない夢を見た。どうしてこんな夢を見たのか、覚めてから考えてみたら色々と思いあたるふしがあった。
 ひとつは、眠る前、寝床の中で長谷川伸の「瞼の母」を読んでいたことである。これは年末に大谷さんから借りた本で、次のお芝居を書く上でどうしても読んでおきたいものであった。もうひとつは、これを読みながら、ぼくの脳裏には久山との旅が甦っていたことである。

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【繋心】 久山との旅  三年経った   原田宗典

久山よ、おまえがいなくなってから三年も経つのか。年をとるごとに年月は早く流れるとは言うけれど、この三年は早かった。本当にあっという間だった。

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三年か・・・昔は、三年経てば色んなことが大きく変わった。例えば中学の三年間、高校の三年間を思い出してみれば、その間にどれだけの変化があったか、誰しも思いあたるだろう。この年になって振り返ってみると、十代の頃なんかは、今とは全然違う自分が生きていたとしか思えない。だって毎朝七時に起きて、八時半から授業があって「現国」「歴史」「生物」「体育なんて一時間ずつ勉強して、昼めし食って隠れてタバコを吸って、午後はまた二時間授業があって、それから部活に出て、帰りがけに喫茶店に寄って帰宅。夕めしを食べたら、今度は受験勉強、という繰り返しの毎日を送っていたのだ—何故そんなふうにできたのか?謎である。今や朝めし食べて、あくびをして屁をひとつこいたら、もう昼、という暮らしぶりなのだから。
久山よ、おまえの暦は、2013年の11月7日で止まってしまった。そして久山のいない世界が三年も続いた。前にも書いたけど、ぼくにとって旅のツレであった久山を失ってから、ぼくは一度も旅をしていない。

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久山との旅 / スプレーのこと 原田宗典

先日、高田馬場で異臭騒ぎがあった。なじみのある駅なので、それなりに注意してニュースを見ていたら、

<犯人は赤い服の女!?>
<前に立っていた男性の首筋にスプレー!?>
<犯人の女は黒い傘をさしてた!?>
などと、都市伝説みたいな詳細が少しずつ明らかになってきた。話を総合すると、駅のホームで黒い傘をさして赤い服を着た女が、前に立つ男性の首筋にスプレーのようなものを吹きかけたところ、男性および周囲の何人かが、具合が悪くなった――ということになる。
「あ、これはあれだな」
と、すぐに思い出したのは、久山のことである。いや、久山が痴漢をはたらいて催涙スプレーをかけられた、という話ではない(そういう話があってもおかしくないけど)。ずいぶん昔、もう20年くらい前に、こんな話を聞いたことがあった。

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久山との旅 / 映画について  原田宗典

久山と一緒に映画を観にいった記憶はない。だた一緒にビデオを観たことは、何度かある。よく覚えているのは、海外へ旅する際に機内で観た映画だ。どこへ旅した時だったか、それは忘れてしまったが、居眠りしていたぼくを、久山が肘でつついて起こしたのだ。
「おい原田、これおもろいで」
言われて前方の画面に目をやると、そこにはものすごく濃い顔の変な男が映っていた。久山の言う通り、確かにその短編映画は面白かった。
「誰やろ?あのおっさん」
「知らん。初めて見た。けど面白いなあ」

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久山との旅 / 彼のアロハシャツ 原田宗典

5月11日。風の強い日だ。
午前中、近所を散歩すると、汗ばむほど暑かった。帰宅してニュースを見ると、東京の気温は、もう25度まで上がっているという。
「お、いよいよ出番だな」
そう思ってぼくはタンスの中からきれいに折り畳んだアロハシャツを取り出した。

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久山との旅 徒然なるままに-5 原田宗典

今朝、一本の電話がかかってきた。受けたのは、おふくろだ。ぼくはまだ寝床の中にいた。
「ええ――ッ!?」
おふくろはもともと大袈裟なひとだが、その声の調子は、いつもとはかなり異質なものだった。嫌な予感がした。しばらく小声で話し込んでから、受話器が置かれた。
それを確かめてからぼくは起き上がり、台所に行った。おふくろは椅子の上にちんまりと座っていた。
「どうしたの?」
声をかけると、おふくろはうつむいたまま、
「さとえさんが亡くなったって・・・」
そう答えた。

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