久山との旅 / 7回忌のこと 原田宗典

 来る11月2日(土)14時から19時まで代官山ヒルサイドテラスサロンウエスト(渋谷区鉢山町13の4)にて、久山城正7回忌「みんな元気でやっとるか」展を催すことになった。会場には、過去久山が撮った写真の数々を展示し、この「久山との旅」も簡易製本して販売する予定である。生前、久山と親交のあった人、全然関係なかった人も入場無料なので、原田宗典目当ての人もぜひ来て下さい。サインでもハグでもキスでも何でもしますよ。
 さて、7回忌に先立って、先日、久山の書いた日記を一気に読んだ。2012年1月21日から、2013年5月30日までの日記だ。初めの方は短いが、日を追うにつれ長く濃い内容になっている。いわゆる闘病記だから読むのが辛いところもあったが、読んでよかった、と思う。久山と再会したような気持ちになれたからだ。
 一番最初の日は、こんなふうに始まる。


<2012年1月21日(土)
 東京に雪が降った夜。
 胃腸が限界に感じて樺島病院にて受診。血液検査・CTスキャンを撮る。
 先生の所見はたぶん胃潰瘍ではないかとのこと。
胃カメラの予約をする。1日でも早い検査が必要をとのことに重篤の予感がした。
 1月22日~23日
 もらった薬で痛みを散らす。不思議と食欲がものすごく旺盛だった。が、横になることはできなかった。
 1月24日
 樺島病院にて朝10時から胃カメラ検査。 
 胆嚢が肥大していて十二指腸の入り口を圧迫しているとの所見。胃そのものは問題ないようだが、かなりシリアスな状況なので大きな病院での検査をしろ、とのこと。すぐに小山を通して坂本君の病院を紹介してもらい日本医大病院にて再診の予約をする>

これだけ書き写しただけで、もうヘトヘトである。切羽詰った気配が文章に滲んでいて、その気配が読み手をへとへとにさせるものがある。
 そうか、久山。こんなふうに始まったのか・・・と思うと、ちょっと切なくなってくる。
(ここで5分休憩。みなさんもちょっと別のことをしましょう)
 フラッシュバックのように甦ってくるのは、初めて会った日の久山のことだ。
 2人ともまだ21歳だった。宮原という友人の車で、久山を迎えにいった時のことだ。確か一緒に海へ泳ぎにいこう、という話だったと思う。カーラジオからサザンの「いとしのエリー」が流れていた。その時、後部座席にいた久山が不意に身を乗り出してこう言った。
「これ、ええ曲やなァ」
 すごく人なつっこい笑顔だった。ぼくは初対面だったのに、一発で久山のことが好きになってしまった。
あの時のあの笑顔が忘れられない。
 フラッシュバックのように甦ってくるのは、30代半ば、一緒にインドネシアのプロウスリブ島へ行った時の久山のことだ。
 雑誌の取材で訪れたこの南海の孤島には、長い長い桟橋があって、ぼくらは日がな1日、シュノーケリングを楽しんだ。他にやることがなかったが、海の中は何度潜っても飽きることはなかった。桟橋の上にビーチパラソルとビーチチェア。そこに横になると真っ青な空が広がっていた。
「気持ちええなァ」
久山は言った。
「幸せだなあ」
「ほんま、幸せやわァ」
 その時、傍らの棒枠に引っかけてあるスピーカーから音楽が流れてきた。10ccの「アイム・ノット・イン・ラヴ」だった。
「あ、これ、わしの大好きな曲や」
 久山はそう言って、屈託のない笑顔を浮かべた。
あの時のあの笑顔が忘れられない。
 久山よ、おまえはまだぼくの中で生きているんだな。
 
 

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