久山との旅 / 五年か。 原田宗典

最近、時の流れについてぼんやり考えることが多い。年のせいかなあ。1日は嫌になるほど長いのに、一週間はものすごく早い。一ヶ月も、一年も、あっという間に過ぎていく。久山が逝ってしまってからの五年にしてもそうだ。十五歳から二十歳までの五年は、あんなに濃密だったのに五十五歳から六十歳までの五年間に自分は何をしたろうか?比べてみると、何だか虚しくなってしまう。同じ五年のはずなのに、まったく違う時の流れだ。不思議なものだなあ。
閑話休題。
この間、十月の初めに、原と長岡と三人で北京に行ってきたよ。久山は、北京は行ったことあったっけ?上海と香港へは行った話を聞いたけど、確か北京はなかったよな。どうだったかって?どえらい都市だよ。何がすごいって、エネルギーがすごい。ここ五年くらいで、ああなったんだろうな。自転車が一杯、なんだろうなと思いきや、自動車が一杯。そしてどの車も鳴らさなきゃ損、みたいな感じで、クラクションを鳴らしっ放し。うるさいの何のって、んもう「やめてくれー!!」と叫びたくなるほど。そしてそのほとんどが、日本車によく似た中国車。車好きの久山が見たら苦笑いしそうな車ばかり。何ちゅうかこう、冗談が走っているような感じだ。
それでもやっぱり飯は美味くてね。一日めは火鍋、二日めは北京ダックを堪能した。火鍋というのは、まあちゃんこ鍋みたいなものだが、具を浸す辛いタレを自分で作る。基本はごま油なのだが、そこに百種類もあるスパイスから自分の好みのものを選んでブレンドし、独自の辛いタレを作る。このスパイスがあまりに種類が多すぎて、何が何だが全然分らない。
「ま、テキトーに」
といういつもの精神で作ったのがいけなかったのか、とてつもなく辛いタレを作ってしまった。おかげでセキとハナが止まらなくて、んもう何食べてんのか分らなかった。
北京ダックの方は、さすがに中国三大珍味の一つだけのことはあって、珍しい美味しさだった。ただ、フルコースで頼んだために、北京ダックに辿り着くまでに、たらふく食べてしまったので、沢山は食べられなかった。どの料理も、「何なのかよく分らん」というのが、このコースの特長だ。
「何だろう、コレ?」
「食べてみりゃ分るだろう」
「食べたけど分らん、何だ?」
「ナマコだな」
「うわあ、おれ、ナマコ大嫌いなんだよ」
てな感じで、大嫌いなナマコを四つも食ってしまい、肝心の北京ダックが出てきた時には、もうお腹いっぱいとい状況だった。
個室をとって食べたので、広すぎる円卓の席は二つ、空いていた。そのうちの一つに、形見分けで貰った久山の小さなショルダーバッグをぽんと置いておいた。まるで、そこに久山が座っていて、にやにやしながら僕ら三人を見ているような気がした。

原田宗典

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