久山との旅 / 「アロハにアイロン」 原田宗典

晴れた日。風が心地好い。半袖の季節だ。

洋服箪笥を開けると、右から2番目に、久山のアロハシャツが架けてある。昨年の秋に洗濯してハンガーに架け、そのまましまっておいたものだ。今年もまた、これを着られる季節がきた。
「どこへ行くの?」
背後からおふくろが声をかけてくる。
「久山のところだよ」
「あら、そう」
「ほら、これ、久山のアロハ、いいでしょう?」
「まあ、しわくちゃじゃないの」
「いいんだよ、アロハはしわくちゃの方がいいんだ」
「だめ!!アイロンかけるから脱ぎなさい」
「ええ?いいよ別に」
「絶対だめ!!アイロンかけなきゃ」
おふくろは元々洋裁師だったから、洋服にはうるさい。しわくちゃのシャツを息子が着たりするのは、プライドが許さないのだろう。ぼくは渋々アロハを脱いで、アイロンとアイロン台を準備した。
おふくろは今年86歳になる。昨年の7月と今年の3月に脚の手術をうけたが、やはり年のせいか完治にはいたっていない。部屋の中でもシルバーカーを押してよちよち伝い歩きしている。あぶなっかしくて、目が離せないのが現状だ。
「人様の家を訪ねるのに、こんなしわくちゃのシャツを着ていくなんて失礼じゃないの」
台所のテーブルに一枚板のアイロン台を置いて、その脇にアイロンをセットする。おふくろは何だか嬉しそうな顔で、アイロンが熱くなるのを待つ。ただアイロンをかけるだけのことが、嬉しくてたまらないのだ。
子供時代の思い出の中のおふくろは、いつも洋服を縫っているかミシンを踏んでいるか、アイロンをかけている。洋裁の腕一本で、ぼくと妹を育ててきた人だ。86歳になった今でも時々思い出したように
「あーあ、縫いものがしたいわ・・・」
と溜息まじりに呟いたりしている。
85歳と過ぎた頃から手が利かなくなり、針を持てなくなってしまったのだ。気の毒だが、こればかりはどうしてやりようもない。
「おっと、あぶない・・・」
熱くなったコードレスアイロンを充電器から持ち上げようとして、取り落としそうになる。心配なので、向かい側に座って、持ち上げる時だけ、手を貸してやる。
「大丈夫、大丈夫。ほら、こんなにきれいに・・・」
慣れた手つきでアイロンを滑らせると、アロハシャツのしわが見る見る消えていく。清潔でぱりっとしていて気持ちいい。
「ああ、ええ気持ちや」
久山が伸びをしながら呟いているような気がした。
「はい、出来上がり」
10分ほどで、久山のアロハシャツは新品のようにぱりっとなった。
「ありがとう」
礼を言って、袖を通すと、シャツはほかほかだった。そのあたたかさはとても心地好くて、アイロンの熱だけではない何かを含んでいるような気がした。

原田宗典

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