久山との旅「久山の帽子、父の帽子」 原田宗典

やあ、久山、久しぶり。ここに書くのは二ヶ月ぶりくらいかな。でもその間、毎日のようにおまえのことを思い出しているよ。それはやっぱり形見わけで貰ったおまえの鞄と帽子のせいだな。吉田鞄の鞄を肩にかけて、星と熊の描かれた帽子をかぶるたびに、ぼくは心の中で呟く。
「よっしゃ、久山、行こうぜ」
そうやって勢いをつけて町へ出かけるんだ。鞄はともかく、この帽子、久山には似合ってたけど、多分ぼくが被ると、ちょっと浮いて見えるらしい。初めて見る人は、
「なあに、その帽子?」
と尋ねてくる。するとぼくはちょっと嬉しくなって
「いや、実はこれはね・・・」
と帽子の由来を語るのだ。そういう時、すぐそばに久山、おまえがいるような気がして、何とも言えず嬉しいんだよ。分かるだろ?
帽子と言えばもうひとつ、ぼくにとって大事な帽子がある。ぼくがもう20年も前に父に贈ったボルサリーノだ。アラン・ドロンやジャン・ポール・ベルモントが被っていたあの格好いい帽子だよ。父はすごく喜んでおしゃれして外出する時はいつもこれを被って出かけていた。
その父は、おまえも知っての通り、昨年の6月20日にそちらに行った。90歳、大往生だ。最後はぼくと母が手を握ったまま安らかに静かに行ったよ。そうやって目の前で送ったのにもかかわらず、おまえの時と同じで、なかなか実感がわかなかった。
「もう逢えないのだ」
と分っていながら、いや、まだそばにいて、逢おうと思えば逢えるような気がしてならないんだ。
普段は久山の帽子を被って出かけ、ちょっとおしゃれした時は父のボルサリーノを被って出かける。どちらもお守りみたいなものだから、似合う似合わないは関係ない。被ると気分が好いから被るのさ。
そういえば小金井に住んでいた頃、父を呼んでおまえに写真を撮ってもらったことがあったよなあ。最近になってその時の写真が出てきたと言って、ひとこさんに見せてもらったよ。どれもとても好い写真で、父のお茶目な面をよく引き出してくれている。ありがとう。今、あらためて礼を言うよ。父が亡くなった今、これはぼくにとって宝物になったよ。
久山よ、ぼくの父とは、もうそっちで逢っただろう?そっちじゃおまえの方が先輩だから、色々教えてやってくれ。そして時々でいいから夢に出てきてくれるよう伝えてくれ。よろしく頼むぜ。

原田宗典

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