久山と一緒に映画を観にいった記憶はない。だた一緒にビデオを観たことは、何度かある。よく覚えているのは、海外へ旅する際に機内で観た映画だ。どこへ旅した時だったか、それは忘れてしまったが、居眠りしていたぼくを、久山が肘でつついて起こしたのだ。
「おい原田、これおもろいで」
言われて前方の画面に目をやると、そこにはものすごく濃い顔の変な男が映っていた。久山の言う通り、確かにその短編映画は面白かった。
「誰やろ?あのおっさん」
「知らん。初めて見た。けど面白いなあ」
それが、後に一世を風靡する「Mr.ビーン」であることを知ったのは半年くらい経ってからのことだった。
そんなわけで、久山と一緒に観た映画は数少ないが、久山の部屋で観た映画はここ2年で何十本にものぼる。きっかけになった最初の1本は、アル・パチーノ、クリストファー・ウォーケンの「ミッドナイト・ガイズ」という映画だった。これは最初、WOWOWで後半3分の1くらいをたまたま観たものだった。
簡単に言うと、老いたギャングたちの友情を描いた作品で、前半の話は分らないにもかかわらず、
「これは面白い。久山が喜びそうな映画だ」
と反射的に思った。だから早速仁子さんに電話して、次の火曜日に一緒に観ようと伝えたのだ。
「つきましては近くのツタヤで借りてきてくんない?」
ずうずうしくもぼくは頼んだ。仁子さんは気軽にオーケーと言ってくれたが、内心面食らっていただろう。とりあえず一番近いツタヤに電話して在庫を確認しようとしたところ、
「えーっと、『ミッドナイト』なんとかって映画です」
とタイトルが分らなくなってしまったそうだ。厄介なことに『ミッドナイト』で始まる映画は何本もあって、仁子さんも店員も非常に困ったという。
そうやって苦労して借りてきてくれた「ミッドナイト・ガイズ」はやっぱり面白かった。ぼくと仁子さんと画家のゆめこさんと久山と、4人で食い入るように観て、最後は拍手までしてしまった。
映画の中で一番ぐっときたのは、急死した親友を自らの手で埋めた後、手短に述べるアル・パチーノの弔辞だった。彼は親友の墓の前で、こう言う。
「人は2度死ぬ、という。一度目は肉体が死んだ時。2度目は名前を呼ばれなくなった時だ」
そして彼は親友の名を呼び、「あばよ」」と別れを告げる。そこに涙はなく、呆気ないほどさらりと描かれているのだが、だからこそかえって印象的な別れのシーンだった。
「どや、かっこええやろ。この台詞」
と、どこかで久山が言っているような気がした。
この映画がきっかけとなって、翌週からは火曜日ごとにぼくが渋谷のツタヤでDVDを借りてして、久山の部屋でそれを観るのが習慣になった。今までに何本観たろう?当たりもあったしハズレもあった。
「これは傑作だ!」
と唸ったのは仏映画、ルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」である。M・デイビスが即興でつけた音楽でも有名なこの名作は、多分権利関係のゴタゴタがあったのだそう。長らくレンタルビデオ店では見かけなかった。それが、日本一の品揃えを誇る渋谷のツタヤにあったのである。物語の筋、俳優の力量、カメラワーク、音楽、登場する小物にいたるまで一々すばらしい出来の映画だった。仁子さんもいたく気に入ったみたいで、翌週DVDを購入したほどだった。そのDVDは、今、これを描いているテーブルの上に載っている。ジャンヌ・モローが電話の受話器を耳にあてている横顔のジャケットだ。そして視線をちょっと右へずらすと、そこには久山の遺影が飾ってある。
「かっこええよなあ。『死刑台のエレベーター』な」
と言っているように思える。
「おれが選んできたんだからな」
とぼくはちょっと自慢げに呟く。遺影の久山が、かすかに微笑んだような気がした。
原田 宗典