5月11日。風の強い日だ。
午前中、近所を散歩すると、汗ばむほど暑かった。帰宅してニュースを見ると、東京の気温は、もう25度まで上がっているという。
「お、いよいよ出番だな」
そう思ってぼくはタンスの中からきれいに折り畳んだアロハシャツを取り出した。
クリームイエローの地に、小ぶりのハイビスカスとヤシの樹と赤い自動車が良い具合に配されたアロハシャツ。これは、久山が生前にお気に入りだった一着だ。1月の引越し前に、形見わけとして貰ったものである。その時はまだ寒い季節だったから、
「早くこれが着たいなあ」
と心待ちにしていたのである。
5月にアロハというのは、ちょっと早いかなとも思ったが、いや、構うものか。だって着たいんだもん――というわけで羽織ってみると、ああ、好い着心地。肌ざわりが抜群だ。サイズもぴったりでまるであつらえたかのようだ。「どや、ええやろ?」
どこかで久山の声がした。鏡を見ると、確かに格好いい。しかし格好いいのはアロハシャツなのであって、ぼくではない。やっぱり久山が着たほうが格好いいよ、くやしいけど。
久山はアロハシャツの似合う男だった。それを自分でも知っていたのだろう――「アロハ」というハンドルネームを使ったりしていた。そして彼はハワイの地を愛する奴だった。
「わしな、最終的にハワイに住みたいんや」
もう10年以上も前に、目を輝かせてそう言っていたのを思い出す。その願いは昨年11月に、仁子さんや娘の愛里ちゃん、友人たちの手で果たされた。今、久山はハワイのカイルアビーチにいて、幸福そうな笑みを浮かべている。
午後、このアロハシャツを着て久山宅を訪れた。柴犬のくまは臭いで分るのだろうか、いつにも増して大喜びで迎えてくれた。
「あらあ、とっても似合う」
と仁子さんが言ってくれたので、ぼくは照れた。
「いやあ、それほどでもないっすよ」
と頭を掻きつつ室内にお邪魔し、いつものように久山の遺影に
「よう!着てきたで。どうや」
とあいさつする。
「うん、まあまあやな」
久山の遺影はそう言って、ちょっと苦笑いを漏らしている――そんな気がした。
原田宗典
何年先になってもえ~から、そのアロハシャツ着て一緒にカイルアビーチへ行こうな♪
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