久山との旅/フランスワールドカップの旅(10) 原田宗典

朝食の後、僕らは車で市内のロダン美術館に向かった。
この美術館は前の年に某カメラマンから「パリに行くならロダン美術館がいいよ。それも午前中ね」と言われていた場所である。午前中というのは、たぶん彫像に横から光が当たるからだろう。彫刻というのは基本的には屋外に置いてあるものなので、光の加減が一番美しい午前中に観るのが正しいのだという。
行ってみるとロダン美術館は、お城のような建物だった。実際ここはロダンの自宅だったという。入り口でもらったパンフレットによると、このお城のような邸宅には、ロダンの前にはジャンコクトーが住んでいたのだという。
「うわー、すげえ。コクトーってこんなところで書いていたのか」
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僕は当時のことを想像しながら館内を見て回った。午前中なのに館内はもう人で一杯だった。中でもほほえましかったのは、市内の小学校に通う子供たち。色鉛筆とスケッチブックを持ってきて、ロダンの本物の彫像を前にスケッチしたりしている。しゃがんだり寝転んだりして大騒ぎでスケッチしている。日本だったら絶対に彫像の前に縄なんかを張って「ここから先は入っちゃだめ」みたいな感じで鑑賞しなさいというところだろう。その辺が実におおらかなのである。
「おい、あれ本物か?」
久山が聞いてきたので壁に目をやると、そこにはゴッホの絵がかけてあった。
「そりゃ本物だろう」
「ほんまかあ、なんか見せっぱなしやんか。持って帰れそうやで」
「おまえ、やめろよ」
「だいじょぶだいじょぶ、わしゃ外見てくるわ」
久山はそう言って庭園の方へ出ていった。
ロダン美術館には、建物の10倍くらいの広さの庭園が付随していて、実はこっちの方がメインなのである。久山の後ろ姿を見送った後、僕はまず館内を一周した。
一番上の階はロダンのアトリエを模した部屋で、中央にテレビモニターが設置されていた。
古いフィルムなので、チャップリンの映画みたいに動きが早く、その点実に滑稽なのだが、みるみる出来上がっていく作品はロダンの異常な精力を感じさせた。そこに写っているロダンは既に80歳を超えている筈なのだが、その腕は僕の太腿くらい太く、巨大なノミと巨大な槌をおもちゃのように操りながら大理石を彫っていく。その仕事ぶりは圧倒的だ。
ロダンの仕事ぶりを見ているだけでへとへとになった僕は、ふらふらと庭園の方に出ていった。
草花が咲き乱れる緑豊かな庭園には、歩きやすい小路が通っていて、いい感じのところにロダンの作品がぽつんぽつんと展示してある。いずれもどこかで見たような有名な作品ばかりだが、屋外で、午前中の光で見るとこれが極めて美しい。よく彫刻を評して「今にも動き出しそうだ」などと言うが、この時見た彫刻群は逆で「さっきまで動いていたのが、僕が見た途端止まった」という風に見えた。
「おい原田、こっち来て見てみいや。すごいで」
久山に言われてついていってみると、そこには作りかけの作品がいくつも放置されていた。どれも大きなものである。四畳半くらいの巨大な大理石から裸の上半身を突き出している青年の像。大理石の中から逃れ出ようとしている格好で、躍動感が上半身にみなぎっている。だけど腰から下は大理石のまんまなのだ。
「これ、どこが気に入らんかったんやろ」
「そうだなーなんでやめちゃったのかな。すごくいいのに」
「そやなー。ここまで彫って、でも止める、そこがすごいなー」
僕らは未完成作品群の周りをゆっくり回りながら話をした。ロダンの完成された作品は、複製されて世界中どこでも見ることが出来るが、未完成あるいは失敗作を見ることができるのはここだけなのだ。庭園に配置された数々の有名な作品は確かに美しかったが、僕も久山もむしろ未完成の作品に惹かれた。なぜこれが失敗なのか、なぜこれが未完成なのか、それを想像して話し合うのがすごく楽しかった。


昼食はお洒落な街、サンジェルマンデュプレで取った。カフェの店先でコーヒーを飲みながら道行く人達をただ眺めている。ただ眺めているだけなのにすごく楽しい。ロダン美術館を出たばかりだったからか、誰も彼もが彫刻に見える。と、そこへ近所のロケハンに出ていた久山が戻ってきて、
「原田ちょっと来てくれや」
「なあになあに」
「ワシな~老眼鏡がほしいんや。すぐそこにな、ちょっとええ感じのメガネ屋があってん。一緒に選んでくれへんか」
「え、おまえもう老眼きてるの」
「そうなんや。最近本とか読みにくうてなあ」
久山は目が良いぶんだけ老眼も早かったのだろう。この時僕らは39歳だった。
久山に連れていかれたメガネ店は、小さな店だったが綺麗な売り子のお姉ちゃんが4人もいた。そのうちの3人がこれはどうだあれはどうだと言って久山にメガネを持ってくる。それをいちいちかけて見せては僕の方を向いて、
「どうやコレ」
「どうやって言われてもなー、ま、いいんじゃないの」
僕がそう言う前に久山はもう次のメガネをかけている。結局1時間くらいかけて久山は3万円近い高価な老眼鏡を購入した。よほど嬉しかったらしく、店を出るなり包みを解いて老眼鏡をかけた。
「おーい、なんか細かいもんないか。あ!よう見えるわ。でも遠くは見えんな」
「そりゃそうだよ、老眼鏡だもん」
「どや、似合うか。ええか」
「あー、似合う似合う」
この時買った老眼鏡はだいぶ後まで使っていたらしく、ひとこさんにも「これ、サンジェルマンデュプレで買ったんや」と自慢していたらしい。

夜、クレージーホースに行こうと誘ったのは、K林君だった。
「なんでクレージーホースやねん?」
「テリー伊藤さん、いるでしょ?あの人ストリップ好きで本まで出してるんですけど、その中で『クレージーホースだけは観てから死ね』って書いてあったんですよ。つまり世界一でしょ。死ぬ前に観とかなきゃと思って」
「なーるほど。そら観とかなあかんわ」
「観とかなあかんというか観たいし」
という訳で僕ら3人は夕食後タクシーに乗ってクレージーホースに向かった。
クレージーホース・パリの前の路上には、身長2メートル位の騎兵隊の格好をした男がゆったりと歩いている。なるほどクレージーホースだから、その暴れ馬を押さえる為の騎兵隊なのだろう。男は店に近づいてくる者がいると、さっと前に出てきてチケットの提示を求めてくる。あんまり大男なので僕ら3人はちょっとびびった。いきないムチとかでしばかれるんじゃないかと思ったのである。しかしK林君がチケットを見せると、男は急に満面の笑みを浮かべ、店の入り口へと僕らを案内してくれた。
今は改装してしまったかもしれないけど、当事クレージーホースの入り口はど派手なピンクでイルミネーションが輝いていた。ピンク色の絨毯を敷き詰めた階段にも電飾が仕込んであり、どこもかしこもギンギラギンである。
階段を降りきると正面に受付があり、その背後の壁には金色の文字でこれまでに来店した有名人の名前が列挙されてある。
「エルビス・プレスリー」
「マイケル・ジャクソン」
「ミック・ジャガー」
「J・F・ケネディ」
これらの有名人たちが皆この店を訪れたのである。
「ここに自分の名前が並ぶようになりたいもんやな」
などと久山は言っていたがとんでもない。
中に入ってみるとクレージーホースの客席はそれほど広くはなかった。一人用のカウンター、2人掛けのテーブル、5人掛けのテーブル、などとブースに分かれていたが席数で言えば300席くらいだろうか。僕らは案内された3人掛けのテーブルに座って飲み物を注文した。見ると、舞台は(幕はまだ閉じていた)が横長のプロポーションで丈が低い。でも後でわかったのだが、この横長の舞台というのが実は巧みな演出なのである。
やがて幕が開きショーが始まると、とても人間とは思えないほど美しい女の人が裸で次々と現れる。横長の舞台に彼女たち裸のダンサーが20人も整列すると、裸体がその空間の模様のように見える。2番目の出し物は、銀色のパイプを球形に折り曲げた装置にダンサーが絡みついて踊る、というスリリングなダンスだった。これもやはり横長の空間をころがりながら踊るので美しく見えるのである。空間だけではなくクレージーホースは照明もすごい。女性の裸体をより美しく見せる為にはどうしたら良いのかということを熟知している。見せるべきところは見せ、見せてはいけないところも少しだけ見せ、男心をそそる演出が見事である。僕ら3人はただ口をポカンと開けてその美しいショーに見入っていた。
ああ、美しい、美しい、美しい・・・と思って眺めていると、不思議なものでちょっと眠たくなってくる。なぜだろう。美しいもの(女性の裸)は見続けているとなんだか眠くなってくるのである。だから日本のストリップショーなんかでは踊り子さんが3人くらい出てくると次に漫才師が出てきたりする。これは洋の東西を問わないらしく、クレージーホースでもそうだった。ただしコメディアンの腕が半端ではない。僕らが見た時は中国人のマジシャン、その20分後にマペットショーをやっていたのだが、どちらもものすごく面白い。別に裸がなくてもそれだけで成立してるよ、というくらいいいのである。
「裸もええけど、あのマジックやショーおもろかったなあ」
「ここのオーディション世界一厳しいらしいですよ」
「そうだろうなー」
僕ら3人は、世界は広いなあと感心した。全然サッカーの試合も見ないで女の人の裸なんか見ていいのだろうか。いや、だからこそこの旅は特別だったのだ。
こんな風にしてパリの夜は更けていった。

つづく

原田宗典

※掲載写真はホコリを被っていたポジのベタ焼きをスキャンしたものです。このクオリティが限界・・・久山さんお許しを! -team shiromasa

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