久山との旅/フランスワールドカップの旅(7) – 原田宗典

僕らは橋のたもとにちょうどいい感じのレストランを見つけた。ガラス戸越しに中を覗き込むと、大型のテレビモニターが置いてあり、店内も賑わっていた。ここにしようか、ということになって入ろうとした矢先、さっきまで元気だったK林君が急にうめき声をあげて頭を抱え込んだ。突然だったので皆びっくりした。
「どないしたんや」
と、久山が声をかけるとK林君は苦しげにうめきながら「今、急に頭が・・・」と言ってしばらくその場にうずくまってしまった。その様子を見て僕はぞっとした。さっきの拷問博物館から本当に何か怖いものを連れて帰ってきてしまったのではなかろうか。
「僕・・・ひとりでホテルに帰ります。すぐそこですから・・・」
「ほんまに大丈夫か」
「私たちホテルまで送りましょうか」
「いえ、大丈夫です。代わりにブラジル戦、観ておいて下さい。」
そう言ってK林君は、ちょっとおぼつかない足取りでホテルに帰っていった。その後姿を見送りながら僕と久山は、
「なんかいやーな予感するなー」
「おまえなんか連れてきたんじゃないの」
「いやいや、ワシはなにも連れてこん。おまえやろ」
「やめろよー」
などと言い交わしながらレストランで夕食を楽しんだ。しかしテレビでブラジル戦が始まり、料理が運ばれてくるころには、K林君の頭痛騒ぎのことなんかすぐに忘れてしまった。冷たいやつ、薄情なやつと思われるかもしれないが、なにしろフランスなにしろワールドカップである。編集者の頭が痛いなどということよりも、目の前のブラジル戦の方が大事なのである。
夜10時半。食事とテレビ観戦を終えた僕ら4人はホテルに向かって歩いていた。いい感じの夜だった。まだ寝るのには早いので、一旦ホテルに帰って身支度を整えてから、もう一度街へ繰り出そうということになった。
「ワシ、機材置いてくるわ」
「オレ、シャツ替えてこよ」
そう言って僕らはキーを受け取った。ホテルのロビーには全く人気がなかった。高い高い天井にぶら下がった古いシャンデリア。血の色の絨毯を踏んでその下を歩く。その先の大階段は20段目あたりからYの字型に分かれ、螺旋を描きながら2階に至っている。実に巨大な階段だ。そこを小走りに駆け上がっていく。上りきってすぐの扉が111号室の僕の部屋だった。右手の112号室が久山の部屋だ。鍵穴に鍵を差込ながらふと左手の方を見てみる。まっすぐな薄暗い廊下がずーっと向こうの方まで続いている。30mくらいだろうか。そのつきあたりのところが踊り場のようになっていて、2脚の椅子が向かい合わせに置いてある。一瞬、2人の人間がそこに腰かけているように見えてひやりとする。
「久山・・・おいあそこ」
部屋に入ろうとしていた久山に声をかけると、彼は機材を一旦部屋に置いて、ふたたび現れてからこう答えた。
「あー、あそこな。ワシも最初入ってきたとき、すごい気になってん。あそこ怖いよな」
「なんで怖いのかな?」
「なんでか知らん。おまえなんで怖いんや?」
「いや、なんでかわからないけど・・・」
改めて眺めてみると、それはなんでもない光景だった。薄暗い廊下のつきあたりに2脚の椅子が向かい合わせに置いてあるだけ。ただそれだけの光景なのになぜか怖いのである。嫌な感じがするのである。
「行ってみるか?」
久山は半ばからかうような口調で言ってきた。
「行く?行くってあそこにか」
「2人一緒なら行けるやろ」
そう言って久山は先に歩き出した。半歩遅れて僕も歩き出す。その廊下は4人が横に並んでも歩けるほどの幅広だった。左手には中庭に面した飾り気のない窓、右手には最近塗り直したばかりらしき壁が続き、奥の方に扉が見える。会議室だろうか。
「おいおい・・・」
「こ、これは」
僕らは言葉にならないことを口走りながら、歩をゆるめていった。
足を前に出すのにすごい抵抗感がある。進みたくない。あの椅子のところへなんか行きたくない。そういう思いが湧いてきて、僕らの元気をしおれされるのだ。
「なんやろこの感じ。ものすごやな感じ」
「オレ怖いよ。戻ろうよ」
「そ、そやな。行かんほうがええな」
僕らは互いの怯えきった目を見てきびすを返した。なにがなんだかものすごく怖くて、心臓がばくんばくんした。あのまま進んでいたら椅子のところで僕らは何を見たのだろう。触らぬ神にたたりなしだな・・・と、思ったところへ突然背後で何かが動く気配がした。
「どかーん!」
僕らのすぐ後ろ、たった今きびすを返したあたりで、巨大な防火用扉がいきなり閉まったのだ。それは4mx4mの鉄の扉2枚で、さっきまでは開いていて壁に沿っていたのである。それが風もないし人もいないのに、突然大音響を立てながら閉まったのである。
「ひゃー!」
僕らは声をあげて飛び上がり、大慌てで階段を駆け下りた。
ロビーで互いに確かめると、2人とも顔がつりあがっていた。
「な、今のほんまやったんやな?」
「ほんまもなにも怖かったなー」
「いや、びっくりしたわー」
2人で騒いでいるところへI澤嬢とブリス君がやってきて、どうしたのかと尋ねるものだから、僕も久山も答えに窮した。「今、2階の廊下で鉄の扉が・・・」と言ってみたところで、彼女達は信じないだろう。この時の体験は結局僕と久山の2人だけにしかわからないことなのだった。
久山よ、あん時怖かったな。あの時のアレは一体なんだったんだ?今ならおまえわかるんじゃないのか。よかったら今度夢に出てきて説明してくれい。

 

つづく

原田宗典

※掲載写真は、ホコリを被っていたポジのベタ焼きをスキャンしたものです。このクオリティが限界・・・久山さんお許しを! -team shiromasa

 

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