久山との旅 / フランスワールドカップの旅 (4) 原田宗典

6月15日。
「おはよう」
と久山に起こされて目が覚めた。二日酔いである。昨日、試合の後、僕は部屋に戻って大急ぎで原稿を仕上げた。久山はトゥールーズ市内のラボへ行って、フィルムをデジタル処理するというめんどくさい作業に没頭した。当時はまだ写真はフィルムで撮るものだったので、デジタルに焼きなおして日本へ送るという作業は、久山にとっても初めてのことだった筈だ。編集者のK林君もやってみなければ上手くいくかどうかわからない、と言っていた。今では考えられないことだが、それはすごくめんどくさい作業だったのだ。僕の原稿が書きあがり、久山の写真の作業が済んだのは、夜10時すぎだった。ガイドの2人が迎えに来て、僕ら3人は街中へ飲みに出かけた。
案内されたのは、街中にある小さなお城のようなレストランだった。1階にダンスフロアがあり、ミラーボールがきらめいていた。僕らは2階のテーブルについて、遅い夕食を取り、ワインで乾杯した。
「いやー終わったわー」
「写真、上手くいったのか?」
「わからへん。とにかく送ったことは送った。後はむこうでどないかするやろ」
「頼りない話だなあ」
「そやねん。デジタルってなんか手ごたえがないんや」
言葉とは裏腹、一仕事終えた充実感に久山は酔っているようだった。僕はもともとそんなにお酒は飲めないほうなのだが、久山はかなりいける口だ。この夜も、久山は僕の目の前でガンガン飲んだ。そして、だいぶ酔いが回ってきた頃になって、
「おっ、かわいい姉ちゃんがおるやんけー」
と言って下のダンスフロアに降りていった。その後のことは知らない。酒の弱い僕はこの時点で、もう引き上げることにしたのだ。試合を観戦し、短時間で原稿を書き、それから酒を飲んだので、もうふらふらだった。部屋に帰り着くと、僕はすぐに眠ってしまった。
「おまえ、あの後どうしたんだ?」
「明け方まで飲んどってん。ほとんど寝とらん。けど、なんや楽しかったなー」
そんな話をしているところへK林君も起きてきて3人で朝食を取った。
11時、I澤嬢とブリス君が迎えに来て僕らはプジョーに乗り込みトゥールーズを後にした。予定表によると僕らはこの後ピュイミロール村という小さな村に1泊することになっていた。
「なんや、その菓子パンみたいな村は?」
「南フランスで一番小さくて一番かわいい村だそうです」
K林君は答えた。一応掲載誌が女性誌なので、絵的にかわいいものがほしかったらしい。
「なるほど。そらまかしとき」
久山は、サッカーの試合よりもかわいいものを撮る方が得意なので、大船に乗ったつもりでいろ、とK林君に言っていた。しかし、そんな事情を知らないブリス君は、僕らを意外なところへ案内した。
「ぜひ取材してもらいたいところがあるんだ。ちょっと遠回りになるけどぜひ写真を撮ってもらいたい」
などと言ってブリス君が連れていってくれた先は、原子力発電所だった。I澤嬢の話によると、夫のブリス君は原子力発電反対運動に参加しているのだそうだ。
車から降り立って緑の平原の彼方にそびえる原子力発電所を見た時、僕らはその異様な風景に圧倒された。こんなに美しい大自然の風景の中に、こんなものが建っていていいのか。あんなに白い煙が出ているけどいいのか?ブリス君が反対運動をしたくなる気持ちも、よおくわかる。原子力発電所は神に逆らってそびえるバベルの塔のように見えた。

img105

原子力発電所からピュイミロール村までは約2時間。3車線から2車線、2車線から1車線へとだんだん細くなる田舎道を走るうち、僕らは道に迷った。というか迷ったらしい。運転席のブリス君と助手席のI澤嬢がフランス語でやりあっているので、内容は定かではない。だが道に迷ったことだけは確かなようだ。さっきから同じところをぐるぐる回っている。そのことに最初に気づいたのは久山だった。
「ちょっと地図見せてみ」
そう言って久山はI澤嬢から地図を奪い取った。どうやらブリス君の提案で原子力発電所に立ち寄ったのが迷った原因らしかった。当時はカーナビなんてなかったので、地図だけが頼りだった。こういう時、久山は恐るべき勘を働かすのだった。
「えーっと、ここが原子力発電所やろ。ほんでその菓子パンみたいな村はどこや?あ、ここか。ほなこれ逆やんか」
久山は旅慣れているせいか、地図を読む能力に長けていた。いつどこにいても、東西南北の方角がわかる。
「男は地図が読めんとあかんで」
とも言っていた。
やがて雨が降ってきた。さっきまでいい天気だったのに、急に厚い雲が頭上を覆い、豪雨となった。5メートル先も見えない程の雨だ。
「なんやホラー映画みたいやな」
やがて道が上り坂になり、車は小高い丘の上にある小さな村に到着した。そこがピュイミロール村だった。
「久山、おまえ凄いな」
「まあな」
久山は得意そうだった。
雨の中、車をホテルに横付けにして、早速チェエクインの手続きをとる。その辺のことはI澤嬢とブリス君にまかせて、僕らはホテル内を探索して回った。築300年の農家を改造した小さなホテルだった。部屋数は20から30室。おそらく納屋だった部分を改築してその1階にレストランがある。このレストランは3つ星で、シェフが日本人。その味にひかれてわざわざパリから食べに来る客もあるという。客室棟は石造りの4階建てで僕らの為に4部屋が用意されていた。
「原田さんと久山さん、好きな部屋選んでいいですよ」
とK林君が言うので、僕と久山はその4部屋を見て回った。旅先ではいつもそうするのだが僕と久山は4つの部屋を見終わった後、どの部屋が怖いかを、いっせいのせ、で言ってみた。
「2階」
「わしも2階」
2人の意見は一致した。なぜだかわからないけど2階の部屋だけ薄暗く感じられるのだ。その結果僕は4階、久山は3階の部屋を選んだ。2階の怖い部屋には、そういうものは絶対に信じないというブリス君とI澤嬢が入った。
夜7時レストランに集まって、僕らは3つ星のフランス料理を堪能した。僕はタンシチュー、久山は鳩を食べていた。ちょびっと分けてもらったが癖もなく、とても美味しかった。しかし料理よりも美味しかったのは、食後2階のシガーバーで初めて試した葉巻であった。大きな暖炉の前にゆったりした革張りのソファが据えてあり、葉巻とお酒を選んでくれるソムリエがいる。僕と久山は隣り合わせに座って、ぶっとい葉巻をふかしながらブランデーを飲んだ。これがもう信じられないほど美味かった。

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「なんや急に大物になったような気がするなあ」
久山は足を組んでソファに深く座りなおし、葉巻をふかしてはブランデーを飲んだ。みんながみんな葉巻とブランデーに酔い、それぞれに面白い話をいくつもした。今でもよく覚えているのは、今まで見た風景の中でどこが一番美しかったか、という話である。世界各地を旅している久山はどこだと言うだろう?答えは、
「カナディアンロッキーの朝」
というものだった。
「ディズニーのアニメみたいなんや。ものすご綺麗なんや」
そう言って久山は大物ぶって葉巻をふかしていた。

つづく

原田宗典

※掲載写真は、ホコリを被っていたポジのベタ焼きをスキャンしたものです。このクオリティが限界・・・
久山さんお許しを! -team shiromasa

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