死といふもの  - 早川達雄

shiromasa.comにお越しの皆様、ごきげんよう。久山との思い出を綴った沢山の手記を読んでいて何だかとても不思議な気持ちになった。本人のキャラに負うところが大きいのはわかるのだが、『ちょっと遠いところへ旅してくるワ、また会おうの』みたいな台詞を残してどっかへ出掛けて行った、ような感じがするのだ。原田もそう書いてたっけなぁ・・・

えっ?私?名乗るほどの者ではございませぬが(笑)、名乗らんと話が進まないで・・・
久山とは、原田と同じく高校の同級生。高校当時、お互い顔は知ってるし二言三言話をしたことはあるが、知り合い以上友達未満的な関係だった。他校の文化祭にギター抱えて歌いに行って、『最後だからバラしますが、僕、○○高校です!』ってステージ上で喋るような、やんちゃなところは昔からあったようだ。ぱっつん前髪に近いストレートのサラッとした髪型で“可愛い”という印象が強かったため、遺影に使った写真とのギャップが半端なく大きい。

やがて時は行き過ぎ~♪30数年後、メールをやりとりするようになった彼はいっぱしのフォトグラファーとしてバリバリ仕事をしていて、“えっ?確か理系コースじゃったのに、芸術学部の写真学科?”とちょっとビックリしたのを想い出す。
一度ゴルフに一緒にいく機会があったけれど、彼の仕事の都合でキャンセルとなり実現することのないまま鬼籍に入ってしまったのが久山れる、もとい悔やまれる・・・(ここ、オヤジギャグで笑うところヨ♪)

彼が生前カフナ(ハワイのシャーマン)のことを色々と語ってくれたことがあり(詳細は原田の手記を呼んでネ)、彼の祖父母も宗教家だったということで、本人も精神世界についての関心は常日頃から持っていたハズだが、こんなにも早く自分が旅立ってしまうとは・・・
久山との想い出を綴った手記を書かれた方々のように、また色んなところへ一緒に旅していっぱい時間を共有してきた原田のように、久山と過ごした時間を私はほとんどと言ってよいほど持ってはいない。が、勝手な思い込みのようだけれど、同じ物質次元に存在していないからこそ、“想う”ことでお互いの意識同士はより共鳴し易くなっているハズだ。(死んだらすべて終わり、な~んにもなくなってしまう。って考えてる人はスルーしてネ。)

生前彼に送ったメールの中にこんなことを書いた。“死”というモノは忌み嫌われるものではなく、単なる“永遠に続く生命”の一つのプロセスに過ぎない、と。
私自身は死ぬことは怖くはない。“死”とは肉体が滅びるだけだと知っているからだ。ただ苦しんで亡くなった人達を沢山見てきているので痛いのはイヤなのネ。

久山が残してくれた色んな人との繋がりをこれから大切にしていきたい。それは別の次元に存在する彼が思いもよらないシンクロニシティーをたくさん用意してくれると思っているから。

徒然なるままに書いたので支離滅裂になって申し訳ない。

shiromasa.comのファンの皆様、いつかどこかでお目にかかる日が来るかもしれません。
その時、変なヤツと知り合いになったなぁ、と思ったら、文句は久山に言ってネ♪

では、ごきげんよう、さようなら・・・

早川達雄

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