久山との旅 / 初夢の旅 -原田宗典

久山、あけましておめでとう。
これを読んでいる皆さんにも、あけましておめでとう。皆さんにとって今年が素敵な年になりますように、原田祈っております。
さて新年一回目は久山とのどんな旅を話そうかなと思っていたのですが、今朝(1月13日)久しぶりに久山の夢を見たのでその話をします。
昔から夢の話というのは、面白くないと相場は決まっていますが、あんまりはっきりした夢だったのでちょっとここで紹介しておきたいと思います。

のっけから話が横道に逸れますが、夢というのは不思議なものですね。夜眠っている時に見る「夢」と、起きている時に見る「将来の夢」が同じ言葉なのは何故なのだろう。僕には違う種類のものに思えてならないのだが。もしかしたら意識がある間に見る夢は「望」であり、無意識の間に見る夢は「夢」なのかもしれない。
そういえば少し前に久世光彦『面白すぎる日記たち』という本と読んだ。その中に「夢日記」の章があり、これがなかなか面白かった。枕元にノートを置いて、その日見た夢を起き抜けに記す著名人は結構たくさんいる。何冊もそんなノートをつけている人は、例えば漫画家のつげ義春、画家の横尾忠則、弁護士の正木ひろしなどだった。その本に引用されていたのはごく一部だったが、その克明な描写には驚かされた。つげ義春の場合は、『ねじ式』などの作品になっているので、ご存知の方も少なくないだろう。つい先週行きつけのジャズ喫茶でこの『ねじ式』を再読したが、これはやっぱりすごい作品だと思った。あの独特な画質と台詞。話の飛び方。自分の見た夢をあんな風に表現できるなんて奇跡のように思える。
あ、やばい。ねじ式のことなんか書いたら自分の夢が話しにくくなってしまう。僕は、別に夢ノートをつけている訳でもないし、ただ見ただけの夢を忘れないうちに紹介するだけだから、皆さんあまり期待しないでくださいね。僕なりに一生懸命思い出しますから。
その夢を見たのは、今朝5時半ぐらいだ。覚めた時は、まだ暗かった。半分夢の中にいて「あ、今久山の夢を見たぞ」と意識したから、忘れまいとして寝床の中で何度も繰り返し思い出していた。


最初僕は車の後部座席にいた。なぜ助手席ではなく後部座席なのかはわからない。運転席でハンドルを握っているのは久山だった。車は赤いカマロだ。ものすごく急な上り坂を猛スピードで疾走している。まるでラリーのレースに出場しているかのような勢いだった。左右を見るとゴツゴツした岩で、どうやら車は崖の淵を走っているらしかった。久山はカマロにしては小径のハンドルを右に左に動かして見事に運転していた。右斜め後ろから見ると嬉しそうに微笑んでいる。運転するのが楽しくてしょうがないといった感じだ。時々、後輪が横すべりしたり、車の横腹を岩にこすったりして、すごく危なっかしい。だけど僕は少しも怖くない。むしろ久山の運転する車に乗っていることが嬉しい。何か声をかけたくてたまらないのだが、なんと言っていいのかわからない。思わず口をついて出たのが
「久山、大事にせえよ」
という一言だった。言葉にはならないのだが、心の中で僕はこう思っている。
「おまえなあ、ひとこさんなあ、あれいい女だぞ。大事にしてやらなきゃあかんで。すごく良くやってるぞ」
心の中でそう思っただけなのに、久山は振り向いてにっこり笑いながら、
「そんなんわかってるがな」
と答えた。
どうやら言葉にしなくても、何もかもわかっているらしい。
だから僕はすっかり安心して、久山の運転に身を任せた。
周りの風景を見ると、どうやらそこは八ヶ岳の山道らしい。上り坂はどんどんキツく険しくなってくる。余談だが八ヶ岳にはこんな伝説がある。
昔々、八ヶ岳は一つの山で、富士山よりも高かった。そのことに腹を立てた富士山が勝負を挑んできて、互いの山頂に樋を渡して雨を降らせた。すると水は八ヶ岳から富士山の方へ流れていったので、やっぱり八ヶ岳の方が高い、ということがわかった。その際に出来たのが富士五湖だそうだ。ところが怒った富士山は、八ヶ岳を蹴飛ばした。すると八ヶ岳は8つに割れて低くなってしまった。それを傍で見ていた妹の蓼科山が「お兄さんかわいそう」と言って泣いた。その涙が溜まって出来たのが諏訪湖なのだそうだ。余談終わり。
久山が運転するカマロは八ヶ岳の山道を猛スピードで登っていく。やがて雨が降ってきた。猛烈な雨だ。気がつくとカマロはオープンカーになっている。
「原田、屋根、屋根上げてくれ」
そう言われて、僕は慌てて黒い布製のルーフを引き上げて雨を防いだ。
目の前に踏切が迫ってくる。小梅線の踏切だ。その手前を左に曲がらなければいけないのに、久山はまっすぐ踏切を突っ切る。
「久山、止まれ!」
と叫ぶと久山は右に急ハンドルを切って、アクション映画のように車を回転させながら急ブレーキをかける。目の前は崖で、間一髪のところで車は止まった。
「あぶねえー」
「危なかったなー」
言い交わしながら車を降り、僕らは肩を組んで歩き出す。その肩を組んでいる感触が妙に生々しかった。雨はまだ降っていたので僕は自分が被っていた帽子を久山に貸してやろうとする。と、久山は煙たそうな顔をして、
「いらんいらん。ヘアースタイルが乱れるやんけ」
などと生意気なことを言う。
見るとあたりは急に広大なガソリンスタンドに変わっている。給油機の脇に人だかりがしているので、二人で近づいていく。何かお祭りのゲームのようなことをやっている。畳一畳くらいの大きさの板が立てかけてあって、そこには地図らしきものが描かれてある。黄色い二重丸が4、5箇所。それが的であるらしい。若くてかわいいお姉ちゃんが4、5人僕らの方へ歩いてきて、先が吸盤になっているダーツの矢を久山に何本か渡す。僕にはくれない。
「どうして僕にはくれないの」
と言って気色ばむとお姉ちゃんは、
「引換券はお持ちですか?」
と聞いてくる。持ってない。だけど久山だって持ってないのに、どうして久山だけ?
「わりーな」
久山はニヤリと笑ってダーツの矢を投げる。1本目は外れ、2本目は見事黄色い二重丸に当たった。周りから大歓声が起きる。いつの間にか僕らの周囲には、東京ドームが一杯になるくらいの人が集まっている。そして誰もが「やった!」「おめでとう」「すごいな!」などと久山を誉めそやす。久山は皇族みたいに手を振りながら大歓声に答え、花道を去っていく。僕は後を追おうとしたのだが、前後左右から人ゴミに揉まれ、久山の姿を見失ってしまう。
そこで目が覚めた。5時半だった。
はたしてこの夢は、いい夢だったのだろうか。それとも良くない夢だったのだろうか。
心理学には「夢判断」というのがあるそうだが、その手の知識のある方にぜひ判断してもらいたい。僕としては、たとえ夢でも元気そうな久山に会えたのだからやっぱり嬉しかった。この話をしたら、ひとこさんは、
「私、一度も見たことない。久山の夢」
と羨ましそうな顔をしていた。僕はなんだか申し訳ないような気持ちになった。
久山よ、俺の方はもういいから、ひとこさんの夢に出てきてやってくれ。
という訳で今年最初の『ねじ式』ならぬ『久山式』のお話でした。お後がよろしいようで。

おしまい。

原田宗典

久山との旅 / 初夢の旅 -原田宗典」への1件のフィードバック

  1. あけましておめでとう。
    読んでる人はきっと素敵な年になるよ!
    俺も少しは元気になれた。
    自分を信じて今年も頑張ります。じぁまた。

    いいね: 1人

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