長野は、僕にとって懐かしい土地だ。父方も母方も信州の出で幼いころから長野へは何度も行った。
善光寺へも数え切れないほど参拝していた筈なのだが、パラリンピックの時久山と2人で参拝した善光寺は、なぜか今までとは違った趣に見えた。半分久山の目でこの寺を眺めていたからかもしれない。長い上り坂の参道沿いには、オリンピック・パラリンピックの旗がずらりと掲げられていて、道行く人達の中にも競技者らしき車椅子の人達が多く認められた。それでも人通りは思ったほど多くはなくて少しさびしい気がした。
「オリンピックの時はもっとすごい人出だったんやろうな」
と久山は言いながら、時々シャッターを押していた。前の日開会式の会場でも、善光寺の参道でもカメラを向けると「ノー」という人が時々いた。だから久山はかなり気をつかいながら写真を撮っていたように思う。正面から撮る時は必ず微笑んで「フォト、オーケー?」と聞いてから撮っていたし、多くは背後から、あるいは遠景でシャッターを押していた。
善光寺の仁王門のあたりには、昔は鳩にやる豆を小皿にのせて売っているおばあさん達がいたものだが、この時は彼女たちの姿はなかった。鳩のえさは、自動販売機で売っていた。何年かぶりに見る善光寺の本堂は、記憶よりもずっと大きなものだった。本堂の脇に居並ぶ仏像の群れの前で、記念写真を1枚。撫でると悪いところが治ると言われている、おびんずるさまの頭を必死で撫でる。
それから本堂に参拝した。
「1500年間消えてないお灯明ゆうんはあれか?」
「あれじゃないだろう」
「そやな。あれやったらフッて消えそうやもんな。どれやろ?」
「それは見えるとこにはないだろ」
「ちぇ、写真撮りたかったな。なんや」
などと馬鹿なことを話しながらお参りする。人一倍、いや人百倍好奇心旺盛な久山は、僕が目をつむって祈っている間に、もう何か別のものを見つけて戻ってきて、
「おい、あっちの方になんやしらん変なもんがあるで」
「変なもの?」
見るとそこには靴を脱いで上がる入り口があり傍らに券売所のようなものがあり『お戒壇めぐり』とあまり目立たない字で書いてあった。目にしたとたん「あ、これがあれか」と思った。随分前に母親から、善光寺にはご本尊の真下を通り抜けるお参りの参道があって、うそつきや悪人はここを通り抜けると牛になって出てくるのだ、という話を聞かされた覚えがあった。確か中は真っ暗で、ご本尊の真下に善人なら見つけることの出来る鍵がある、という話だった。そのことを久山に話すと、
「ほんならワシら2人とも出てきた時は牛間違いなしやな」
と笑うのだった。
靴を脱いで、券売所でいくばくかのお金を払い、お戒壇めぐりの入り口にある下り階段に至る。そんなに長い階段ではない。20段ぐらいだろうか。踊り場があり、そこからは左へ(つまりご本尊の方へ)また何段か下っていく。下りきったところは、まだ薄明かりが射していたが、人一人通れるくらいの幅の廊下を3歩進むと右へ折れ、また3歩進むと左へ折れる。するともう真っ暗闇だった。ここからは手探りで進むしかない。天井は低く、少し屈んで礼をするような格好でないと進めない。暗闇の幅は両手が一杯には伸ばせないくらい狭い。後ろから少し遅れて入ってきた久山の声がする。
「おい!なんも見えんやないか!」
「そんなことはわかっとるわい」
「おい!こえーが、ものすごう怖いがな。おい原田おるんかお前」
そう言って後ろから久山がすがりついてきたので僕は「くっつくなよお前」とびっくりしてその手をはねのけた。しかし久山は本当に怖いらしく、僕の上着の裾をつかんで、くっついてくる。
「おい原田。先にいかんでくれ。一緒に行こうや」
「わかった。わかったから押すな」
「こえー、まじでこえー」
久山はやはり目の人なのだ。カメラマンだから何も見えない、何も写らないということがこんなにも怖いのだろう。あんまり久山が怖がってくれたお陰で僕は逆に少し余裕が出来た。
「久山、おまえ右っかわの壁をさわれ。俺、左っかわの壁をさわるから。」
「わかった、右側やな。で、どうするんや?」
「だから鍵を探すんだろ」
「あそうか。鍵?鍵ってどんな鍵や」
「そんなん俺もわからん。とにかくご本尊の真下に鍵があるという話だ。それを探すんだ」
「怖いなー。その鍵はほんまに壁にあるんか。天井や床にあったらどうするんや」
「わからんけど手探りで行くしかないだろ」
僕らは女子高生みたいにきゃーきゃー言いながら、真っ暗な中をじわじわと進んだ。鍵というのがどんな形のものなのかわからないので、気持ちが余計に焦ってくる。まぶたに力を入れて目を見張っているはずなのに目を閉じたままのようだ。進めば進むほど、闇がどんどん濃くなるように感じる。
「おい、なんだかどんどん暗くなってないか。わしゃこえー」
と久山が言って僕の上着の裾を引っ張った時、僕が探っていた左側の壁に何か鉄の輪のようなものがあった。牛の鼻に付ける鼻輪のようなものだ。太さは指くらい。
「鍵?輪じゃないの?久山、ここ触ってみ」
「なに?どれ?あー、なんやこれ」
「輪だろ?鍵か?」
「こんな形の鍵あるか?」
僕らは2人でその周辺を必死でまさぐったが、やはりその輪のようなものしかない。だけどその形状からして、どうしても鍵とは思えない。
「ていうか、これ鍵穴ちゃうん?輪やし」
「でも他には何もないよな」
「ないけど、ほんまにこれで大丈夫なんか。わしゃ牛になるん嫌やで」
「じゃあ、おまえそこで探してろ。俺は行く」
「おい待ってくれ。牛になるよりここに居ることの方がこえーわ」
僕らは2人で押し合いへし合いしながら先を急いだ。そこからはやがて小走りになる。闇の色が少しずつ薄くなっていき、つきあたりを曲がったところで光が見えた。入った時と同じぐらいの長さの階段を登り、ようやく闇から開放された。
「怖かったー。見えないとほんまに怖いな」
「俺はおまえの怖がり方が怖いわ」
僕も久山も声をあげて笑った。ありがたいことに2人の頭には角は生えていなかった。
続く・・・。
原田宗典
久山のお陰でまた物書きが出来て何よりじゃな♪善光寺の地下道、昔通った憶えはあるが何にも想い出せん・・・供養とは、かつて共有した色んな時間を慈しんで感謝することと誰かが言っていた。しっかり供養してあげよう♪
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