久山さんと、母、私。 - ナナ

久山さんとのもともとの出会いはお仕事でした。
その後再会したご縁で、私の結婚式の撮影もしてくださいましたが
ほんとうにちゃんと、久山さんとお話したのは
久山さんの病がわかってからです。

じつは私の母は、久山さんとほとんど同じ病気で、亡くなりました。
※がんの原発の場所は少しちがいますが、治療方法も薬も一緒、
年齢も同年代です。

母の死からまだ数か月、母を助けられなかったこと、
これからの私の人生に母がいないことに絶望していたときに
久山さんからの闘病宣言メールが届きました。
何の偶然なのか、母が亡くなる1ヶ月ほど前、
とある病院で久山さんをお見かけしていました。
でもその時は私も母のことで精いっぱいな状態で
久山さんになんと話しかけたらよいのかわからず声をかけなかったのです。

わからないけど、とにかく連絡しなければいけない気がして
メールを見てすぐに返信しました。
そしたら即、久山さんから電話がかかってきました。
入院している病院のベッドの上からでした。

そこから、久山さんと”がん友”のお茶会が始まりました。
明大前のいつものカフェで、最近撮った写真を見せてくれたり、
今の治療の様子を話したり。
私は当事者ではありませんが母の闘病を経験しているので、
久山さんは「話しやすい」と言ってくれました。

私は正直、母の死から立ち直れないなか、
でも同じ病気にかかってしまった大切な人を目の前にして、
どう関わったらよいのか、迷っていました。

でも、時に、

「なあ、抗がん剤って、健康な人が飲んだらどうなるんかな」
「医者も飲んでみたらええのに」
「これから僕は、どうなって死んでいくの? 教えて」

と、心の中にある言葉をまっすぐにぶつけてくる久山さんに
向かい合わないわけにはいきませんでした。
どうにかそれに答えなければいけない、という切羽詰まった思いは
苦しいと同時に、不思議とエネルギーをもらっていた気もします。

2012年10月の、一世一代大撮影会でもそうでした。
撮影中は気圧されるくらいの迫力で、まさに久山さんとの「対峙」。

出来上がった私の写真を見た友人の言葉。
「意志の力で、自分の見ている世界を表現している」

彼女は久山さんに会ったことはありませんが
その写真だけで伝わることのすごさ。

今、我が家のリビングにはその写真が飾ってあり、
自分の写真だけど、毎日久山さんの顔を見ているような気がしています。

久山さん、気持ちのいい場所で過ごしていますか。
がんなんて、決して良縁とは言えない繋がりだけど、

母に会ったら仲良くしてください。

ナナ

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