久山が遺したメモNo.3  - Hitobon 

2013年1月に書いたメモ。

「たとえ明日世界が滅びようとも、今日もリンゴの苗を植え続ける。」

「抗がん剤治療は、本当に生きたいのかどうかを試されてるようなものだ。」

「本当にやりたいことを持っていないと抗がん剤治療を続けることはたいへんな事である。」

2012年2月、最初の診断時、胆嚢に出来た癌は周りの臓器にも浸潤していて離れたリンパ節にも転移していました。いわゆる癌のステージは最高の4b。病院では「手術は日本中探しても出来るところはないし、放射線治療も難しい。病院でできる残された前向きな治療は抗がん剤治療だけ。でもこの癌の場合、それが効く確率は30%くらい。」と言われました。

それ以外に免疫治療や遺伝子治療、ワクチンやサプリメント、漢方がん治療など色んな選択があったのかもしれませんが、「もう月単位でしか生きれない」と言われたら、のんびりしている暇はないし、30%の確率があるんだったら絶対に効くハズ!とその場で抗がん剤治療を進めてもらう決断をしました。

最初の頃は副作用も少なく、治療開始から3ヶ月で癌が60%まで小さくなり、想像以上の効果に嬉しい悲鳴を上げました。
が、このまま小さくなってくれるのかと期待したその頃から、色んな副作用が次々と現れ、それは癌であることを忘れてしまうほど私たちを悩ませました。便秘、下痢、悪寒、不眠、口内炎、痔核、皮膚そう痒症、十二指腸潰瘍、味覚障害、自律神経失調症、うつ病、、、この中のひとつだけでも大した病気です。

久山はとても我慢強く意志の強い人でした。薬の飲み方や生活習慣など医師の指示どおりに真面目にきっちり守り決してサボったりしませんでした。そして目まぐるしく変化する体の症状や不快な状態を細かく観察し記録して、どうしてこうなるのかどうしたら不快な状態が改善されてQOLがあがるのか?を訴え続けました。
通院での治療でしたが、緩和ケアの診察室滞在1時間は当たり前。2時間ぶっ通しでその症状や悩みをドクターや看護師さんにしゃべり続けていたこともありました。久山をよくご存知の方は想像できると思いますが、あのいつもの調子です。フルパワーでしゃべりまくる彼はとても末期癌患者とは思えませんでした。
わかってはいても納得いかなかったんでしょうね。癌と戦っているはずなのに抗がん剤の副作用と戦ってる訳ですから。(後でわかったことですが、久山ほど細かく症状を訴える患者は初めてで、今後の緩和ケア治療に非常に参考になった、そうです。)

でもその抗がん剤治療を1年続けた2013年の年明けの頃から、こんなことがしたい!あんなことがしたい!という写真に関するアイディアがどんどん出てきています。2012年10月に行った「一世一代の大撮影会」を終えて自信がついたというのもありますが、次の目標を作りたかったのだと思います。
「本当にやりたいこと」を必死で考えていないと、この治療を続けるのが辛すぎたんでしょうね。
私は、その新しい無邪気なアイディアを聞くたびに、「それ、いいネ!」「やってやって!」と、ただただ涙をこらえるのに必死で短い言葉で反応することしかできませんでした。

「たとえ明日世界が滅びようとも、今日もリンゴの苗を植え続ける。」
マルティン・ルターのこの言葉は、あるTV番組でたまたま出てきた時に、久山は「これや!」と言ってすぐにメモ紙に書き留めていました。
その瞬間の少年のようにキラキラとした元気な顔を今でもハッキリと覚えています。

これは、—明日死んでしまうかもしれない。それでも、ただ淡々と自分のやるべき事を希望を持ってやり続ける。—という意味でしょうか。

私は、今、この言葉をこう解釈しています。—たとえ命が果てようとも、魂が果てるのではない。—と。

Hitobon

久山が遺したメモNo.3  - Hitobon 」への1件のフィードバック

  1. 今でも久山の存在を感じていますが、何年後何十年後かに久山の存在が一番近づくと確信出来るメモや! Wa

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